鳥のさえずりが聞こえてきて、空が白々と明けていた。
「君は誰かと同調したことあるの?」
「……以前に一度」
「どんな人? 子どもは?」
「あ〜、小柄で、興味を持つとエネルギッシュに一直線という美しい赤毛の女性だ。『天使』には大いに興味を示したが、私には……」
「ふられたんだ」
苦笑いを浮かべながら「……まあな。もう、質問がなければ私は帰るぞ」
「うん、色々と教えてくれてありがとう」
ベランダに歩き出した彼はふと立ち止まって振り返り「私から一つ質問があるのだが、いいか?」
「なに?」
「グリエをどちらの性にするか決めたか?」
「はい?」
「人には二つの性があるのだろ、どちらにするのだ?」
「僕が決めるの? なんで?! ねえ、どうして!!」
僕の問いかけに高らかに笑うと彼は飛んでいってしまった。(あいつめ、最後に爆弾を残して行きやがって。やっぱりバカ天使だ)
性別なんてホルモンの結果じゃないのか。ああ、そうか、ヨザックは母体から生まれたわけじゃなから……僕の希望の性になるのか?
僕はヨザックのことを名前で呼ばない時はいつも『彼』と呼んでいた。なら、男で良いじゃないか。いや、待てよ、初恋の相手も良いなって思った子もみんな女の子だったし……。僕はどっちの性になって欲しいんだろう、ヨザックならどっちでも良い……気がするんだよなぁ。

「ムラタァ」
ヨザックの声に目を覚ました。どうやらそのままキッチンテーブルで寝てしまったらしい。
「ヨザック、おはよう。気分はどお?」
全身を隠すように毛布に包まっている彼は小声で「あの……昨日は何があったんでしょうか。私、翼はないし、衣も着ていないし。良く覚えていないのです」
ショックのせいで一時的に記憶を失っただけなのか、それとも恒久的に失ってしまったのか。
彼の近くに座ると「キスしたのは覚えてる?」、動揺させないように静かに聞いた。
「ええ、覚えています。比べようのない高揚で、まるで何千もの天使が歌うただ中にいるようでした。でも、その後はあやふやで……」
「そっか……」どう説明したらいいだろう。
「僕たちがキスしたことで、天使のね、子どもが生まれたんだ。それで君と子どもを迎えにきた天使が教えてくれたんだけど、中にはその時に体質が変わっちゃう天使がいるんだって」
「どう、変わるんですか」、ヨザックは明らかに動揺している。
「人間になるんだって。あっ、でも大丈夫だよ。一時的なものだから、ちゃんと天使に戻るって」
必死に泣かないよう堪えている彼なんて、初めて見た。
「悪いことばかりじゃないよ。ほら、これで食事も味わえるし、ドレスも着れるって考えてみたら?」こんなことで混乱が解消されるなんて思っちゃいない。でも、なんとか少しでも彼の不安を軽くしたかった。
「まず風呂に入ろう。そのぉ〜、臭うだろ?」
「髪は絡まってモジャモジャだし、肌を掻くと見たこともないものがポロポロ落ちるし、この異臭は私なのですね」

立っていられなかった。一歩踏み出すにも体が揺れて初めて歩く幼児のよう。彼よりずっと低い僕の肩を貸して風呂場までどのくらいかかっただろう。
「風呂に入るんだから、脱がなきゃ」
「どうしても、ですか?」、彼は脱衣所で毛布を脱ぐのを嫌がった。それは初めて感じる、裸体を誰かに見せるという、恥じらい。
「洗うのは毛布じゃない、体なんだから。ほらっ」
翼の痕は生々しく、薄いかさぶたになっている。
「お湯、熱くない?」
「これがお湯? あなたがコーヒーを飲むときにやかんで沸かすのと同じ?」
(水とお湯の違いか……熱量と温度って概念をどう伝えよう。まっ、それは後で良い)
「程度の違いはあるけど、言葉的には同じ。シャワーが熱いかどうかは……ほら、こうやってお湯を当ててる場所が痛がゆいか気持ちいいか、冷たく感じるか、かな」
「それなら、気持ちいいです」
「そう。じゃ、シャンプーするからうつむいて。僕がいいと云うまで目を開けないように」
一度目はザッと、二度目でやっと指通りが良くなり、三度目で地肌を洗えるようになった。
「次は体ね」
最初、泡立てたナイロンタオルでそっと拭いてみたがあまり効果がなかったので、ちょっと力を入れてみた。
「痛くない?」
「大丈夫です」
顔や背中や上半身は平気だったが、下半身にタオルを降ろしていくと「あの……違うんですね、私と」
風呂場に入った時からそれとなく見られているのは知っていた。僕も見てたから。
彼の股間にはっきりと分かるような性器は──男のものも、女のものも──なかった。
「たぶん、徐々に変わっていくんだと思うよ。人間で云えば、君は生まれたてみたいなもんだから、まだはっきりした形にはなっていないだけだよ」
「そういうものでしょうか」、ツルっとした自分の股間を見つめると「きっとそうなんでしょうね」諦めたようにため息をついた。

「手や足が何もしないのに上がっちゃうんですけど」湯船に浸かってジタバタしている。
(説明することその……いくつだっけ。とにかく、浮力について)僕は頭の中でリストアップした。
「ここにもたれて膝を抱えるように、そう、そんな感じで100まで数えて。その間に僕は君の服を見繕ってくるよ」
タンスをあさって新しめのトランクスを引っ張り出す。本人は断固拒否するだろうが、父さんのその腹は立派にメタボ。ヨザックの締まった尻なら充分に納めることができるだろう。問題は服だ。どう見ても身長も体格も違いすぎて……。ふと見た写真にヒントを得た。
「ヨザック、お待たせ」
それでなくてもまだうまく歩けない彼を抱きかかえるように風呂場から連れ出し、髪を包んだタオルごと巻き上げて全身を拭き、「はい、ここに足を通す。そっ、今度はこっちの足」トランクスを引き上げてやる。
「次はこれね。手をここに通して」
結び方なんて知らないから、とにかく前を合わせて半幅帯をリボン結びしてみた。上気した肌にツンツルテンで前にリボン結びした女物の浴衣姿は結構イケてる……と思う。

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