そんなこんなで髪を乾かし終わったらもう昼近くになっていた。
「お腹空いたろ、食事にしよう」と云ったはいいが、今まで人間の食ベ物を口にしたことがない、それ以上に果たして彼の消化器官はもう食べ物を受け付けられるのか? とりあえず消化のよいおかゆから始めるか。保温してあったご飯に溶き卵を注ぎ込んで即席卵かゆの出来上がり。
「はい、どうぞ。熱いからフゥーフゥーするように」、僕の言葉にヨザックは「フゥーフゥー?」と云いながら首を傾げた。仕方ないのでレンゲに少量すくってフゥーフゥー息を吹きかけて冷まし「熱い物はうっかりすると口の中をやけどするから、こうやって冷ますんだよ」
「これは食べ物? 今までムラタァが食べたのを見たことないけど。それに、やけどって?」
(あー、そばとかうどんの方が良かったのかな。その場合、箸の使い方からってことになるんだろうなぁ。まるで子どもを躾けるみたいだ。もっとも言葉が通じる分楽なんだろうけど、なんか母さんの苦労が分かるよ)
ともかく恐る恐る食べ始めたヨザックは一杯では足りず、おかわりまでした。

勉強中、ヨザックは何かに気を取られているようで、さっきまでできていたことが急にできなくなった。よく見れば顔にはうっすら汗をかいている。
「どうかした? 具合でも悪い?」
「なんかムズムズするんです。それにここいらが張るというか……」と下腹辺りを抑えた。
(やっぱりまだ食事は早かったのかな。消化できずに……いや、違う!!)
慌てて彼をトイレに引っ張っていき、浴衣の裾をたくし上げ、トランクスを引き下ろすと便座に座らせた。(大か小か分からないし、第一、股間があの状況じゃ立ちションは無理だ)
「君が今感じでいるのはたぶん便意だと思う。もし小便……あー、液体だったら、出し切った後このペーパーで股間を拭いて、このレバーを押して拭いたペーパーごと流す。もし個体だったら多少力んで、全部出たらこのボタンを押して出たとこを洗う。もう一回ボタンを押せば止まるからペーパーで拭き、以下、同文。分かった? じゃあ、やってみよう」
ドアを閉めて出ようとする僕に「行かないで!! ……怖いんです」、消え入るような声で訴えられたら、留まるしかない。
「それじゃあ、後ろ向いてるから」
背中越しにピチャピチャと水の跳ねる音がして、小さなプゥっという音が聞こえた。云われた通りにしたようで紙の擦れる音の後、勢い良く水の流れる音が続いた。
「ムラタァ、あの、終わったと……思います」
服を整えてやり、手を洗わせ「今度したくなったら自分でできるね」、「はい」
居間に戻って自習課題を山ほど出し、僕は食料と彼の服を買いに出かけた。

帰ってくると、彼はしっかりとした足取りで玄関まで迎えにきた。荷物を持つと宿題を全部済ませたことをうれしそうに語り、買ってきた服──結局、女性ものはサイズがなくて──に歓喜した。おかゆよりしっかりした歯ごたえと味の夕食を楽しんだ。一方、僕は悩んでいた。発端は昼食後にかかってきた母からの電話だった。
「ああ、母さん。どうかした?」
「ねえ、健。冬休み、何か予定ある? 何もないんだったらこっちに来ない?パスポート、まだ大丈夫でしょ?」
「うん、大丈夫だけど……」、チラ見するとヨザックは箸の使い方を練習中。(うん、飲み込みは早いみたいだ)
「ちょっと用事があるんだよね」
「まあ、やっとあなたにも彼女ができたのね!! どんなお嬢さん? 写真あるんでしょ、送ってよ」
この勘違い、拒否するより利用した方が話が早い。
「まあね。だから、こっちにいるよ。母さんたちの邪魔もしたくないし。じゃあね」
パスポート、戸籍、入出国審査……、ヨザックには公的記録が何もない。ヨーロッパなら違和感なく溶け込めるだろうけど、日本の、それも埼玉に2m越えでオレンジの髪の美形男子がいたらどうしたって目立つこと請け合い。ご近所にはなんと説明するか? 留学生が同居してます。でも「学生なのに学校には行かないの?」と聞かれたらなんと答える? つまり社会的立場もなくとかしなきゃいけない。とにかく、明日から授業はあるから、ヨザックには家にいることを我慢してもらおう。

「いってらっしゃい」と送り出され、「お帰りなさい」と迎えられる照れくささをなんとか乗り切った四日目。勉強に夜更かしした僕はそろそろ寝ようとベッドに入り、ゴロゴロという音に気づいた。(この音は……洗濯機? タイマーを間違えたのかな)
見に行ってみると毛布を体に巻き付けたヨザックが肩を落としてグルグル回る洗濯物を見つめていた。
「なにしてんの?」
僕の声にギクッとした彼は無言のまま。洗濯機を覗き込んでみると、透明なドアの中で彼のパジャマと白い何か──たぶんパンツだな──が回っている。
「おねしょ……かい?」
「いえ、違うんです。なんか小便とは違う、もっとねっとりとしてて、変な臭いのが……」
消え入りそうな声でポツリポツリと語る彼の様子に何かの病気かと心配したけど、やがて合点がいった。僕にも経験がある、といっても4〜5年くらい前かな。
「それは自然なことで、病気じゃないし、心配するようなことじゃないんだよ」
「本当に? ムラタァもあったんですか?」
「ああっ」
彼に説明しながら(女性を選ばなくて本当に良かった)と安心もしていた。男の生理なら説明できるし対処もできる。でも、女性のなんて僕には無理だ。
「それでは私は男なんですね」
「そっ」
「女の方が良かったのに」
「なんで?」
「だって、私が天使だったからキスしたんでしょ? ムラタァは云ったじゃないですか。男とキスはしないって。あんなに素敵だったのにもう二度と味わえないなんて」
それは僕も考えた。彼の唇は柔らかかったし、今の彼のも変わらないだろう。
『分別を忘れないような恋は、そもそも恋ではない』、まったくだ。
ヨザックを引き寄せ、キスをした。唇を離した時、驚く彼の顔が極上の笑顔に変わった。

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