6月、僕は二十歳になった。だからといって毎日に変りはない。学校と家との往復に時々渋谷。
ボブに電話してヨザックのことを聞こうかどうしようかと思うことはしょっちゅうだけど、かけなかった。どのくらい僕の心が離れてしまったら彼が天使に戻るのか分からなかったし、もういないと云われるのが怖かった。

「よっ、村田、入れてくれよ」、斉藤は傘を忘れたらしい。梅雨の時期に傘を持ってないなんて信じらんないよ。
校舎から延々と夏のコミケの話をしゃべってた斉藤が校門を出たところで話を止めて僕越しに視線をやると、染め損なってまだらになった金黒の髪に手をやりながら「やっぱ外人って得だよな、髪をオレンジにしたって違和感ないし」と云った。
驚いて振り返ると、通りの向こうでビニール傘をさしたヨザックが小さく手を振っている。
「あー、斉藤、この傘やるよ。じゃっ」
僕は信号も横断歩道も無視して駆け出した。

目の前に立つ僕に傘をさしかけ「危なかったですね、車が来てなくて良かった。……ただいま」
ニパッて笑うその笑顔、懐かしい声、僕は泣き出しそうになった。
やっと云った「おかえり」は、たぶん震えていたと思う。
「さっ、帰りましょ。今夜は俺が手料理を振る舞いますから」
「『俺』なんだ」
「ええ、『私』より『俺』の方が似合うって、ボブが」
「他にどんなことを教えてもらったんだい?」
「人間として生きていくために必要な知識全部。それに国籍に住居に仕事、パスポートも取れたので、こうやってムラタァのところにも来れるようになったんですよ」
(やっぱりボブってアンダーグラウンドな人だったんだ)

スーパーによって買い物して──彼の財布にはかなりの日本円、家に帰ると僕を椅子に座らせ、自分はエプロンをつけてキッチンに立った。手早く下ごしらえしながらヨザックはボブのところでどんなことを学んだかを面白可笑しく語った。
「ねえ、なんで時々女言葉?」
「ムラタァの前でエプロンつけてキッチンに立ってたら、なんとなくこっちの方が良いなって。変ですか?」と小首をかしげる。(最初、僕が曖昧に考えていた影響かな?)
美味しそうな匂いがして「はい、お待たせ♪」、五品が目の前に出され「あと、デザートもありますからね」(なんて幸せそうな笑顔だ)
僕よりずっとうまい食事の後、両親の酒を飲みながら、気がつくと0時を回っていた。

「ねぇ、ヨザック。ずっと話していたいけど、明日も朝から授業あるし、そろそろ寝よう。先に風呂入って良いよ、僕が布団敷いておくから」
「そんなぁ〜、一緒に入りましょうよぉ」
「ウチの風呂は一人用。グズグズ云ってないてさっさと入る!!」
ヨザックを風呂場に押し込め、しまってあった彼のパジャマを引っ張り出し、客間に布団を敷き……。
「お先にいただきました」の声に行ってみると、タオルで前を隠したヨザックがニコニコしている。
「パジャマ出しておいただろ」
「今度は俺がムラタァを洗ってあげようと思いまして」
「いいよ、自分でできるから」
「そんなこと云わずにぃ」と眼鏡を取られ、無理矢理脱がされ、シャワーを浴びる結果となった。
「シャンプー、はいりまぁ〜す」
ヨザックはもう完全に遊んでいて、僕は脱力感で文句も出てこない。されるがままに髪を洗われ、背中を洗われ。
「次、前でぇ〜す」、椅子ごと向きを変えようとした。
遊びにつき合うのもここまでと「もし、それ以上回したら、家から出て行ってもらうからな」
できるだけあのグウェンダルっぽい声で宣言するとさすがに本気だと分かったようで、風呂場のドアを閉めて出て行った。
やっと落ち着いて湯につかり、パジャマに着替えて髪を乾かして廊下に出るとヨザックが待っていた。
「なに?」
「お寝みのハグ」
(キスじゃないだけマシだ)「ほら、おいで」
天使のときのハグは柔らかく抱きしめるまさに天使のハグ。人間になった直後のはどこかぎくしゃくとしたハグ。だけど、帰ってきたヨザックは僕をしっかり抱きしめた。

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