†1. ソラ

俺の結婚が決まると、母さんは俺たちにこの家を明け渡して自分は田舎に引っ越すと宣言した。
「なに云ってんだよ、俺たちはこの近くに部屋を借りるつもりなんだぜ?!」
妹は国外に住んでるし、俺は新市街に部屋を借りていて、父さんの死後、母さんは一人でこの家に住んでいた。
「あら、住める家があるのに部屋を借りるなんて無駄な出費よ。それに、以前からお館を管理して欲しいってリリーさんから云われてたし。いい機会だわ」
父さんはよく「俺やお前たちより正しいんだから、母さんが決めたことに絶対に逆らうなよ」と云われた。確かにそう通りで、大抵のことは俺たちの好きなようなさせてくれるが、一旦決めたら引かないのが母さんだ。これ以上の交渉は時間の無駄と諦めた。

引っ越しといっても着るものにブラシや手鏡といった日常生活に使うもの、それに愛読書をトランクに詰めるだけ。
「ねえ、ソラ。あの絵を取ってちょうだい」
母さんが云ったのは居間にずっと飾ってある父さんたちの絵。俺は子どもの頃からあの絵が嫌いで──視界に入る度に父さんが一番好きなのは今でも彼で、母さんは二番目みたいな感じがして……そんなの許せないじゃないか。子供のころ、母さんになぜ外さないのかと尋ねたこともあった。
「これ、持ってくんだ」
「そうよ。だって、二人ともとっても良い笑顔で大好きなんですもの」
ちゃんと椅子を使えば良かったのに、無精した俺は指先だけで掴もうとして絵を床に落としてしまった。わざわざ作らせたという額縁は壊れてバラバラ。破片の間から父さんたちの絵を拾うと、その下にもう一枚、小さな紙が隠れていた。
「あらあら、この額縁は……直せそうにないわね。ソラ、何を持ってるの?」
「中に入ってたんだ。誰だろう」、かすかに残る色から青空と海を背景に金髪の少年が笑っている。
差し出した紙を見た母さんは「いやねぇ。こんなところにヨザックが隠したんだからムラタァさんに決まってるじゃない。まあ、なんて若いんでしょ、それに絵と同じ笑顔。ヨザックがメロメロになっても無理ないわ」、カラカラと笑い声を上げる母さんの笑顔の方がずっと良い顔だと俺は思った。

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