「気象学」選択講座の一覧表を見た母さんは即座に云った。
「天気なんて勉強してなんの役に立つんだよ」
「いい、ソラ。あなたが商人として扱う主な品物はなにか。答え、農産物。農産物の出来不出来に影響を及ぼすのかなにか。答え、天候。つまり、天候が予測できればいつ、なにが、どのくらい収穫できるかが分かるでしょ。これって商人にとっては重要じゃない?」さすが現役教師だ。
父さんは父さんで「あと一つは縫製だな」
「はい?」そんな講座、あったっけ?
「人は見た目で簡単に騙せるぞ。それに出先で服が破れたりしたらどうする? 針仕事ができてどんなに俺が助かったか、知らねーだろ」いや、そんな話、聞いたことないし。
ともかく、両親の勧めに従って気象学と服飾造形学を選択した。

外国語の授業は朝から日没まで行われ、月末には小試験。気象学では4〜6名のグループ単位に、太陽、星、月、風、雨などの観測が割り当てられ、服飾造形学では月に一着の制作実習──子供服からコルセットなどの下着類、軍服に式服、卒業作成はイブニングドレス──まであった。
その上、週末はP&K商会で伝票整理や帳簿のつけ方などの実務をみっちり。正直、こんなに忙しい毎日を送ったのはこの5年間だけだ。
幸いなことに、両親が人間の言葉や世情を知っていることや、父さんが縫製を得意にしてたことは俺にとってものすごくプラスになった。ようやく卒業したときは人間の見かけで18才くらい──実際には50才くらい──になっていた。

「明日の支度は済んだのか?」
「ああ。荷物っていっても大したもん、持っていかないし」
「そっか。それならちょっとつきあえ」
夜の王都を歩きながら、父さんは人間の国での注意点を話してくれた。かなり具体的だったが果たして役に立つんだろうか、なにしろ話の中心は酒と娯楽と愛についてだったから。
「それで、どこに行くの?」
「まあ、なんだ。まだお前に言ってないことがあってだなぁ……」
「ひどく言いにくそうだね。父さんについちゃあもう何も驚かないと思うよ」
「早すぎる判断ってのは身を滅ぼすぞ。ほら、ここだ」
「あのジョッキーを持つ腕はまるで父さんの腕みたいに逞しいだね。もちろん絡みつくバラはないけど」
「先に入ってろ、係に名前をいえば席に案内してもらえる。俺はちょっと用があるから」、そう云って路地を曲がって行った。『ブラウニーレディ』のこと、俺が知らないと思ってんだな。そりゃあ見たことはないが、王都にいて噂が耳に入らないわけないじゃん。
もう伝説にまでなっている、魔王陛下もご臨席の王立歌劇場で一夜限りのリサイタルを行った、酒場の歌姫『グリ江』。
「そうか、にーちゃんの名前はグリエ・ソラ……って、もしかして、あのグリ江ちゃんの息子かい?」って尋ねる年配者もいて、(誰だよ、そいつ?)って思ってた。

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