「いらっしゃいませ❤️ あら、おにーさん、お一人? アタシ好みだわぁ、ねっ、指名してちょうだいな。案内係ってつまらなくてぇ」看板ほどではないけどなかなかに逞しいおねーさんがクネってきた。
「あー、それはまた後で。ところで、父さんが予約してるはずなんだ。俺、ソラっていうんだけど」
名前を聞くや、おねにーさんはシャキッと背を伸ばし「失礼いたしました。どうぞ、こちらへ」とレディのような振る舞いで、小さな舞台──でも、楽器は整っているし、グリ江丈江と染め抜きされた祝儀幕がかかってる──を見下ろす二階正面の一番いい席に案内してくれた。
勧められたエールビールを待っている間に次々と料理が運ばれて、6人用のテーブルは満漢全席状態。
「俺、頼んでないんだけど」
「いいえ、お連れ様がご注文されましたので」(父さんが?)
接客担当のレディたちはこのボックスに近寄ることもなく、俺はしばらく一人で飲んだり食ったりしていた。

やがて、楽師が準備を始めて照明が落とされ、いよいよショーの始まりという時、「遅くなったね」
振り返ると大旦那様とフリッツさん、それに変装──といっても周囲にはバレてるが──した陛下が通路に立っていた。
挨拶もそこそこに席に座ると「久しぶりだなぁ、グリ江ちゃんのステージ。ソラは初めてなんだって? 楽しいぜ」
「はあ……」
「アダバナーズは最近メンバーチェンジしたんだそうですよ。なんでも、太ってステージ衣装が着られないからというのが真相らしいのですが」
「相変わらずフリッツは耳が早いんだな。あー、確かに太ってたらあのダンスは無理だよな」
楽しそうにしゃべる二人を大旦那様はニコニコと聞いている。なんか、仲の良い兄弟を見てるみたいだ。
客席が盛り上がったところで『グリ江ちゃん』の登場。酒場は拍手やら掛け声やらで大盛り上がり、ろくに歌も聞こえやしない。いや、俺の全神経が目にいってたのかも。とにかく、フルメイクに華やかな衣装で歌い踊るその姿に度肝を抜かれた。しばらく見てたら、父さんの着ているドレスは俺が課題で作ったのと同じ──もちろん、サイズは違う──ことに気づいた。出来上がったのを見せたら、細部までじっくり見てたのは着たかったからか。なんてこった。

ステージはあっという間に終わって、俺の耳も正常に戻った。
「相変わらずすごいよなぁ。ヨザックって幾つになったんだっけ」
「えーと、確か──」
「これこれ、フリッツ、それにミツエモンさんも。女性の歳は禁句ですよ」
「大旦那様、あれは、父さんですよ?」
「ソラ、ヨザックさんが女の格好をしているとき、肉体はどうであれ、女性として見なくてはいけません」自信たっぷりな発言に俺はどうしたら云ったらいいか分からなくなった。
「んーと、それじゃあ大旦那様は女装しますか? フリッツさんは?」身内が女装趣味なんて理解できないだろう。
親子はちらっと見合い、「私は過去にしましたよ。足が悪くなる前はダンスが得意でね。式服でもドレスでも、どちらのパートでも踊れるよう訓練しましたから(ニコッ)」
「そういえば、私は子供の頃、しばらくドレスばっかりだったような気がしますけど。父上、あれは何か理由があったのですか」
「男の子はひ弱なので丈夫に育つように、しばらく女の子の格好をさせていたのですよ」
「ああ、なるほど」
「そこ、納得しない!! でも、今はしないでしょ?」俺は必死だった。別に男の女装が悪いなんて言わない。ここは眞魔国だから男女を問わず好きな格好をしていい。ただ、自分の父親が慣れた女装で歌い踊る様子が信じられないだけだ。
「しな……んっ、したなぁ。友人の結婚式当日、ブライズメイドが急病で来れなくて私が代理で……」
「そっ、それじゃ、へ……ミツエモンさんはしませんよね?」
だが、陛下は目を泳がせながら「ない……とは言えないな。お袋は娘が欲しくて、俺にドレスを着せて喜んでたし。大人になってからも何回かは……まあ、止むに止まれずというか、好んでしたわけじゃないけど」(ああ、もう!! 陛下まで)
「ソラは着たことないのかい?」
フリッツさんの問いに俺が答える前に、別の声が答えていた。
「それがねぇ、結構、イケてたのよ」
「父さん!!」
「グリ江さん、でしょ」
舞台衣装に比べれば大人しい格好の父さんが席に座り、「いらっしゃいませ。いかがでした?」と愛想を振りまく。あとはもう俺を置き去りにしてみんなで盛り上がってるし、隣のテーブルからは羨ましそうに覗き込まれるし。なんか、俺がいなくてもいいみたいなんで、ボーイが次のステージを告げに来たタイミングで帰ることにした。
「気をつけて帰るのよ」父さ……グリ江さんからの頬へのキスは甘んじて受けた。

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