†2. 渋谷有利 -1-

春のある日、仕度を整えて執務室に入ると、ギュンターがいつものように書類箱を携えた事務方と俺を待っていた。彼は王佐としての職務に専念すべく領主と儀典長の候補を見つけ出して教育し、あっさりその地位を譲ってしまった。今は常に眼鏡が必要だし汁も枯れ気味だが、それでも超絶美形の片鱗は残っている。
「おはようございます、陛下。本日、目を通していただきたい書類はこちらでございます。それから……親書が届いております」
事務方が机においた書類箱とは別に、開封されていない封筒をのせた銀のトレイを差し出した。
俺宛の親書はどの国からでもかならず開封され、事務方の目を経てから渡される。例外だったのはグレタとその子たちの手紙だけ。でも、人の世代は交代し、もう開封されない親書など届くはずがない。

女性らしい細くて柔らかな文字で、今時見ることも少なくなった『偉大なる眞王とその民たる魔族に栄えあれ ああ世界の全ては我ら魔族から始まったのだということを忘れてはならない 創主たちをも打ち倒した力と叡智と勇気をもって魔族の繁栄は永遠なるものなり王国 第27代魔王渋谷有利陛下』と書かれた封筒を裏返し、その封緘を見た俺は思わずギュンターに視線を向けた。
「眞王廟からの封書など、見た記憶がございません」彼も困惑している。
中に入っていたのは時節の挨拶も恭しい文言もなく、ただ『お茶を差し上げたく存じます。ご都合のよろしいときにお立ち寄り願いたく存じます。ーウルリーケー』とだけ。
「これだけなら鳩でもいいのにわざわざ書簡にするなんて、なんでだろう」
「わたくしにも分かりませんが、早めに行かれた方が良いのではないでしょうか」
「うん。そうしよう」

予定をやりくりして出かけたのは二日後の午後。
「お越しいただき、ありがとうございます。どうぞこちらに」
出迎えたウルリーケに案内されて回廊を進むにつれ、周囲を見回しながら(元からの部分と修復した部分の見分けはつかないし、巫女たちも減った。本当にここは『廟』になったんだ)と思っていた。
案内されたのは宣託の間ではなく、彼女の私室。上座に座ってお茶の用意をしている彼女を改めて見ると、なんとなく何を話すか分かったような気がした。
身の丈より長かった豊かな銀髪が短く白髪になり、肌艶も衰え、首や手にしわも出ている。
「陛下、女性をそのようにジロジロと見てはいけませんわ」
昔なら咎める口調だったろうが、今のはからかっているような感じ。
「ごめん。ねえ、ウルリーケ、お茶を振る舞うためだけで俺を招待したんじゃないんだろ? なんか重大な問題でも起きたのか?」
「いいえ、陛下。直接ご報告したいことが二つあるだけです。その前にお飲みになってはいかがですか、冷めてしまいますよ」
(どうやら気を落ち着けて聞かなきゃいけないらしい。それにしても、相談ではなく報告かぁ)

「一つ目は……ご覧の通り、わたくしは老いて祈りの力も衰えました。そこで、言賜巫女の座を譲り、還俗いたします」ウルリーケは清々しく告げた。
「ということは、次の言賜巫女は決まってるんだね」
眞王廟は完全独立運営なので魔王に言賜巫女の任命権はない。だけど、以前から思ってたんだ、次の魔王の最終決定権を握ってるのが言賜巫女ってのはズルくね?
「はい。正直に申しますと、眞王陛下のお声を聞くための言賜巫女でしたからもう不要とも思いました。ですが、言賜巫女がいなくなっては猊下とのお約束が果たせませんので」
「村田との約束って……まだここにいたのか?! 俺はてっきり──」
「ええ、それが二つ目のご報告です」
窓から見える塔の最上階に目をやりながら「やっとあの魂を再生させる時が来ました。そして、次の言賜巫女の使命は生まれた子を見守ることです」
いつ、誰の子として、が口から出そうになったが、にっこりと笑うその表情は(何もお答えできませんよ)と雄弁に語っている。
「……今度はまっさらな人生を歩んでくれたらいいな」
「本当に、そう思います」
「ウルリーケがやめるなら、俺もそろそろ誰かに譲ってのんびりしようかなぁ〜」
「陛下の施策はまだ途中なのではありませんか? 途中でやめられては民が困りますよ。さあ、お茶をもう一杯いかがですか」

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