村外れの三差路から見る領主館は貴族の館らしい派手な装飾など何もない。ただの石造りで武骨なだけの館だが、特に人間の国から来た旅人はかえって歴史を感じるらしい。
「ずいぶんと古いように見えますね」
「はい。第19代魔王陛下の時代に国軍兵士の療養所として建てられてから900年くらいだそうです」
「ああ、なるほど。確かに質実剛健がモットーの方でしたね。あの方は──」
「まっ、奥方様。そのように懐かしげに云ってはいけませんわ。誰かに聞かれたら奥方様の素性を邪推されてしまいます」
「大丈夫よ。年寄りの戯言としか思わないわ。まあ、この前庭の花壇は良く手入れされていますね」
ゆっくりと歩くウルリーケ様は背筋をピンと伸ばし、初めてお目にかかった時と同じ。でも、裾引くほどの銀髪は腰の辺りで切り揃え、ゆったりと結っている。

「こちらが正面ホールです。あれが宿泊者や食事をする方の受付やサービスを提供するレセプションカウンターで、右側は食堂、左側は多目的ホール、ホールの奥に娯楽室と図書室がございます。この棟の2階と3階、それと左翼が宿泊者用、右翼がキッチンや私たちの部屋がございます」
この村に住みたいと連絡いただいたとき、ウルリーケ様にはこの館で一番良い3階の『当主の間』を提案したが、返信された手紙には「階段の上り下りは少し難しくなってきたの。ほど良く静かな離れを探していただけるとうれしいわ」とあった。
確かにお歳を召して足が弱くなられたのなら、3階より地続きのほうが何かと良いだろう。
「奥方様にはコテージをご用意いたしました。寝室が2つに居間、簡易キッチンと浴室を備えております。ただ、なにぶん元は庭師用でしたので狭いですが、よろしかったでしょうか?」
「結構ですよ」
「ではご案内いたします。どうぞこちらへ」

玄関ホールを抜け、両翼の間にある庭を抜け、緩い下り坂の先にコテージが見えてきた。板葺きの屋根と水周りを修理し、壁や窓の隙間を埋め、新しい家具を入れて生活できるようにしたが、果たしてウルリーケ様がお気に召してくださるか心配でたまらない。
「可愛らしい家だこと」
「ありがとうございます」この言葉にホッとした。
「奥方様、お帰りなさいませ」
コジマさんによって運び込まれた荷物はすっかり荷解きされて、所定の場所に収まっていた。
「そろそろお昼ですので、食堂からこちらに運ぶよう手配してございます。夕食はどういたしましょう?」
「そうねぇ……食堂でいただこうかしら」
「かしこまりました。準備ができましたら鐘を鳴らしますのでお越しください。あっ、その際にはこちらをお持ちください」
差し出した『闇夜しらーず』をしげしげと眺めたウルリーケ様は「私が使っていたものよりずっとすっきりしたデザインだけど、使い方は同じかしら」
「これは最新式ですが、たぶん同じだと思います。奥方様がお使いになっていたのはどのくらい前のものですか?」
「アニシナが試作品をくれて……そうねぇ、2〜300年くらい前かしら?」
そんな昔から眞王廟で『闇夜しらーず』を使っていたとは……。驚いてコジマさんを見ると笑っている。
「奥方様。それは私が扱いますので、お気にされることはありません」
「とんでもない。私だって月明かりに誘われて独り歩きくらいしますよ。でも……今日はあなたに任せましょう」
声と肩を揺らさないよう退出の挨拶をするのが大変だった。
   

気に入ったら↓のハートをクリックしてね
これ好き!! これ好き 1
読み込み中...