この頃から、この館を夏の別荘にしているお客様が到着し始め、一挙に忙しくなる。
例年、ミアも食堂を手伝ってくれていたが、今年はブルーノがウェイターとして活躍してくれている。
「それで、ブルーノはなんと云っているのですか?」
「少年に分かるはずもありませんわ。でも……今度の新月あたりかもしれません。大潮と重なりますから」
「そういうものなの?」
生まれる時を決めるものがなんなのか、医者も妊婦自身も明確には分からない。自然の摂理としかいえないが、ただ、自分のときや周りから月が影響しているとは思う。
「何時であろうと声をかけてくださいね。こんな機会を逃すわけには行かないわ」
「は、はい。でも……あの……奥方様?」
(まさか、一緒にあの魂を放ちたいと?)
翌日、コジマさんからこう聞かれた。「今度の新月に何かも行事でもあるんですか? 奥方様が暦に印をお付けになったのですが」
(ああ、絶対一緒に行かれるつもりなんだ)
「いいえ、ただ、新月なので夏の星座がよく見えるとお誘いしたんです」と答えておいた。ウルリーケ様がコジマさんに説明しなかったのであれば、私がいうまでもないだろう。

明日の明け方が新月という日の夕方、家に帰るブルーノを呼び止めたウルリーケ様がうきうきした様子で戻ってきた。
「今晩は産婆さんが家に泊まるんですって。ああっ、寝られるかしら」
首をかしげた私に「村の奥さんたちに聞いたの。生まれるのってだいたい夜中から明け方なんですってね。今から寝ておけば夜中に起きられるわ」
私に言えることは「夜中、迎えに参ります」だけだった。

夕食が終わって娯楽室でゆっくりしていたお客様たちがそれぞれの部屋に戻ると、館は静まり返った。いつもなら、部屋に戻った私も寝るのだが……今夜は違う。
鏡台の奥からとり出した小瓶の底には薄い光を放つ小さな珠が留まっている。ウルリーケ様から預かった、長い眠りについている貴重な魂をこの世界に放つ日が来たのだ。
マントに身を包んで離れまで行くと、ウルリーケ様が闇夜しらーずを供して待っていた。
「それは明るすぎます。今夜はロウソクを使いましょう」
そうして私たちは糸のように細い月と輝く星々の元、静かに歩き出した。

「そのマント、男物ではありませんか? なんとなく見覚えがあるような」
「ヨザックが着ていたものです」
「ああ、それでは眞王廟に忍び込んだときに着ていたものですね」
「えっ!? まさかそんな……」
「あら、聞いていなかったの? わたくし、調べてみたのよ、このような大胆不敵なものが今までにいたかを。もちろん、記録にはなかったわ」
私は恥ずかしくて身を縮めているというのに、なんと楽しそうに云うのだろう。
「グリエは面白くて……愛情深い男でしたね」
「はい。良き夫であり、良き父親でもありました」
「そう言えば、あなたたちのなれ初めはまだ話してくれていませんね。まだしばらくかかりそうだし、わたくしに聞かせてちょうだい。グリエとの話なら、きっと楽しいのでしょ?」
生け垣の向こう、レッチェ家は寝静まっている。満天の星空に虫の音。思い出話をするにはちょうどよいかもしれない。

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