雪が解けて峠が通れるようになると、眞魔国と隣国とを行き交う行商人が姿を見せ、この領主館も活動し始める。
ミアは仕入れた材料を使って、夕食の下ごしらいまでを作って夕方に帰って行く。その間、ルルは庭で猫と遊んだり、食堂でおやつを食べたり、図書室でウルリーケ様に「大おばあちゃま。お話し聞かせて」とお強請りしたり。
「奥方様、いつもルルの相手をしていただき、ありがとうございます。ですが……お疲れではありませんか? もしそうでしたら、おっしゃってくださいませ」
「とんでもない。とても楽しいわ。ルルちゃん、また明日ね」
「はぁーい、大おばあちゃま。バイバイ」
「ルル、さようなら、でしょ。本当にもうこの子ったら。奥方様、申し訳ございません。それでは失礼いたします」
夕暮れの中を、親子が手を繋いで帰って行く。向こうで手を振っているのは迎えに来たジルだろうか。
「ご覧なさい、コジマ。濃い栗毛の三つ編みが跳ねて、まるで小馬のよう」
「本当に元気な子ですね」
「あの子はちゃんと、自分の人生を生きているわ」
「そのように結論を出されるのは、まだ早いのでは?」
「分かっていますよ。ただ、わたくしはそう思いたいの。そうすれば、みんなホッとできるでしょ」
「そうですね。さっ、奥方様、そろそろお部屋に戻りましょう」

いつものように夏が来て、秋になり、初雪が降る頃、ウルリーケ様がお亡くなりになった。
生前から希望されていた通り、村の墓地に埋葬された数日後、陛下がお忍びで来られた。コジマさんが連絡したのだろう。
玄関ロビーに入ってこられた陛下のお姿に私は思わず「へ……ミツエモン様、その御髪は……」
「ああ、これ? ウチがハゲの家系じゃなくて良かったよ。色は違っても、ないよりはあった方がいいもんなっ」
『双黒』と云われた陛下の髪はみごとな白髪になっていた。
墓参された後、領主の間に一泊された陛下は翌日、王都へお帰りになった。夜半までコジマさんと話されていたが、ルルのことを話したのかは分からない。たぶん、話題にはされなかったと思う。

数日後、コテージを引き払って王都に帰るコジマさんが別れの挨拶を告げに来た。
「ハナさん、今までいろいろとお世話になりました。奥方様もさぞやご満足でしょう。ところで、もしルルに何かあったら、もちろん記憶だけではなく、村から出て学校に行くとか、ほかの村の人と結婚するとか、あなたが見守れないようなことが出てきたら替わりのものをつけますから、必ずわたくしに連絡をくださいね」
「どちらにご連絡を? それにあの……ご存知だったので?」
「ええ、実はわたくし、還俗してはいないのです。なにしろ、今回のことはすべて秘密裏に、かつ綿密に記録する必要があるでしょ? そうそう、あなたが記録しているルルについての手帳。まだ先のこととは思いますが、もしあなたになにかあったら必ずわたくしの元に届くよう手配しておいてくださいね。ここでの毎日は変化に富んでいて、人の暮らしというものを改めて実感しました。ハナさん、本当にありがとう」
そう言って、現役の記録管理長であるコジマ様は雪が積もる前に眞王廟に帰っていかれた。

外は深々と降る雪に包まれた、静かな世界。でも、時は過ぎ、季節は変わり、やがて春になる。
去年の夏、ミルク飲み人形のように可愛がったルルはやっと歩き始めたリヒトをどう扱うだろう。後をついて回る、面倒くさい弟分……かしら。

どこまで見守れるかは分からないけど、あの魂はヨザックと私の大切な家族。
どうかいつまでも、いつまでも、あの笑顔でいられますように。

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