「父さん、久しぶり!! もう食事しちゃった?」
乱れた髪に薄汚れた服で抱きついてきたベネラから焼け焦げた匂い。(匂わせるなら、化粧品かコロンにしろよ。年ごろなんだから)
「火事現場か?」
「そう。臭う? あの嵐で造船所が火事になっちゃって。父さんは仕事?」
「ああ、終わったんで明日の船で国に帰るんだ。おまえはいつ母さんに顔を見せに帰ってくるんだ?」
「まだ予定がつかなくて。でも、なるべく早く帰るわ。ねえ、お腹ペコペコ。早く食べに行きましょうよ!!」
ベネラに連れられて行ったなじみの店で大いに食べ、飲み、語り、こんな時間を持つのは1年ぶりか。栗色の髪にヘーゼル色の瞳、ベネラはますますハナに似てきた。だが、この唇の形と機転の早さは俺そっくりだ。
「そうだ、この前、国の通商団と一緒に大シマロンに行ったとき、あのウェラー卿に会ったわ」
「どうだった?」
「夕食会で名札を見たらしくて『ヨザックの……娘さん?』って。『そうです』って答えたら微笑んで行っちゃった。なんとなく……父さんよりずっと年上って感じだった」
「そっか」
大シマロン国王の側近となった唯一の魔族として眞魔国内では知られているし、ルッテンベルクに行けば当然、俺とコンラートの子供時代は耳に入ってくる。だが、子供たちにはその程度の知識で良い。詳しい経緯など知る必要もない。

娘に見送られて船に乗るっていうのがこんなにも恥ずかしいとは思わなかった。もっとも、ベネラが大声でギャアギャア言ってるのが主な原因だが。
空は薄曇りだが風は穏やかで荒れる様子は見られず、いつになく望郷の念が湧いてきた。
(あっ!! ハナの誕生日プレゼントを買い忘れた!! しまったなぁ、どうしよう。ヴァン・ダー・ビーアでなんか買えるかな)、そんなことを考えながら甲板から、遠ざかる陸地を眺めていた。

夜半から荒れ始めた海は、翌朝になると「海が荒れておりますので、甲板には出ないでください」とわざわざ乗員が客室に回ってくるほどになっていた。昼頃には、廊下や食堂など至る所で不安を訴える乗客たちの姿が見られた。
乗客の主な要求はこの一つにまとまりつつある。
「この間みたいな嵐だったらどうするんだ?! すぐに船を戻せ!!」
だが、今いるのはちょうど航路の真ん中あたりで日数的には進んでも戻ってもほぼ同じ、この天候がこれからさらに悪化するのか回復するのか誰にも分からない以上、船長たちの経験と知識に判断を委ねるしかない。(ああ、ここに風の術者がいればもう少し状況が分かるのに……。うーん、帰ったら大海を渡る船に風の術者を乗せるよう、陛下から各国に交渉してもらおう)
このまま進むことを決定した船は結局、嵐に突っ込むことになった。

夜になると、船がまだ転覆していないのが不思議なくらい荒波に揉まれていた。
床に打ち付けてあるベッドは動かないものの、カーテンやクローゼットのドアは揺れに応じて開閉し、持ち込んだ荷物は小動物のように留まることを知らない。
(かつて何度も遭遇し、出し抜いてきた『死』が、ついに俺を追いついたのか。いや、こんなところで死んでたまるか!! また逃げてやる!! 絶対、国に帰るんだ!!)
そう思いながらも自分では何もできないことに苛立っていた俺の耳に汽笛が大きく長く鳴り響き、横波を受けた船はあっという間に転覆した。

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