Section 1

朝もやの中を穏やかな早春の風がゆっくりと船を桟橋から押し出して行く。入り江の先、外洋には既に出航していた船の白い帆がぼんやりと見えている。新たな安住の地へと旅立つ船は、人と家畜を乗せた大型船4艘、新天地で使う道具などを積んだ小型船7艘の全部で11艘。
遭難した漁民が語り継ぐ『この広い海の向こうに人の住まぬ土地がある』、その確証のない話を頼りに、我々はろくな海図もないままその地に向おうとしている。
当面の食料、食用と繁殖用の家畜達、夏には収穫できる野菜などの苗や種。第一陣の200人程度が生活の基盤を作り、一年後の春、遅くとも秋には彼等の家族達を迎えることになっている。
朝日が山の稜線を明るく染め始め、そろそろ眠りから覚めた街に音が戻ってくる。
戦いが終わり、人々が平凡ともいえる穏やかな生活を取り戻したように、私達も手にすることができるだろうか。
あの時も、そして、あの時も、こんな風にこの地を離れるとは思ってもいなかった。
これは『後悔』というより『感傷』……ということになるのだろうか。少し離れて同じように遠ざかる街を、見るとも見ないとも決めかねたように半身で陸地を眺めてるあの方はどう感じているのだろう。
船尾から眺めているその姿は、つまらなそうに手すりにもたれ、風に乱されている輝く金髪とほんの少し困惑を浮かべている蒼い瞳、冷笑ともとれる笑みを浮かべている。
(私が初めてこの人を見た時も……こんな風だった。)、例えれば、雄としての自信をつけた若い牡鹿のようで、秋には落ちてしまうその角の代わりに鋭い切っ先を相手の喉元にあてていることを『至極、当然』と思っているようにも思えた。
それ以来、共に過ごし、闘い、そして移住することになるとは。
これまで私は失った自分の過去を取り戻そう躍起になっていたが、唯一何かを知っているであろうこの人は、いまだ頑に言おうとせず、新たな地では他の者から知るすべもない。
だから、……もう尋ねまい。
これからは皆で再び、穏やかな生活を築くのだ。
出航して3日目、左舷に煙を吹き上げるヴァン・ダー・ヴィーア諸島が見えてきた。
以前に訪れたときは煙に混じって炎が肉眼でもはっきりと分かったほどの勢いだったが、あの時から3年、火の山もいくらか穏やかになったようだ。
まだ、あの男はあそこに住んでいるのだろうか。

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