「これではもう使えんな」
素っ気なく言葉を発したあの方は滅多に抜かぬ不思議な顔を柄飾りとした剣の、なくなった切先あたりを無表情で眺めていた。
戦いの起源がどこにあったのかは分からないが、地の果てから始まった戦いはみるみる間に戦火を広げ、人々はその敵に『創主』と名付けた。
名のなきものほど恐怖にかられるものはない。名付ければ安心し、正体が分かって滅ぼすことができる、とでも思ったのか。結果、人々の思いは半分は正しく、半分は誤っていた。
この正体の分からぬ敵を倒して、あわよくば領土を広げようとする王達、己を頼みとする人々を護るため立ち上がった領主達、そうした戦いで活躍し名を挙げようとする剣士達。
しかし、そうした彼等が倒せたのは創主に操られた人間だけだった。
意思の弱い者は漂ってくる瘴気に近づくだけでその精神を犯され、狂った末にそれまでの仲間達に刃を振るうようになる。そのような状況では、統一の取れた戦術も戦闘もできはしない。
立ち向かった人々はことごとく破れ、疲弊し、希望をなくし……、そうして私達の世界はなし崩し的に暗黒へ崩れ落ちようとしていた。
「打ち直されるのでしょ?」
「これをか?」
「ええ。あなたにとって大事な物のように見えますが」
「どうと云うことでもない、ただの剣だ」
(常に腰に差しながらほとんど抜いたことのないこの剣があなたにとってただの剣であるはずがない。この人はどうして人にも物にも執着していない振りをするのだろう)
「それでは、私に頂けますか?」
「こんなものをどうするのだ?」
「私が修繕して使います」
「ほぉ、お前は刀鍛冶もできるのか」
「いいえ。ですが、見たときからなかなか珍しい剣と思っていましたので、手元に置いて調べてみたかったのです。頂けますね?」
「なんでお前にやらなければいけない?」
「では、その辺にお捨てになればいい。私が拾って自分の物にするまでです」
「まったく、変な物を欲しがる。そらっ、持っていけ」
グサッと剣を地面に突き刺すと馬に乗り、サッサと陣営に帰ってしまった。
陣営ではあちらこちらに火が焚かれ、食事と血と薬の匂いが混ざりあい、今日を生き延びた喜びと負傷に苦しむ声が取り巻いていた。
与えられたテントでランプを灯し、改めてじっくりと剣を観察してみた。
全体は普通の太刀よりやや短くて細く、刀身はあまり見たことのない波打つような紋様になっている。鍔も幾分小さめで、全体的に『少年か女性用に作られたのではないか』というような印象を持った。
そして、他の剣とは明らかに異なる特徴的な柄飾り。美しく無垢な幼子のような顔とは云え、剣に顔とはどういう思惑があったのだろう。
隅々まで見てみたが刀鍛冶の銘はなく、由来を示すものは何もない。
いくら陣内でも抜き身の剣を持ち運んでは余計な誤解を招きかねない。適当な布で包むと鍛冶頭の元に持ち込んでみた。
「頭、ちょっとよろしいですか?」
「これは賢者殿、いかがいたしましたか?」
「実はこの剣を見ていただきたいのです」
「これは……あの方の剣ではありませんか。おおっ、なんと見事に折れておりますな」
「どうでしょう、打ち直すことはできましょうか?」
「うむっ……」
そう云うと、折れた部分を時間をかけて眺めた末、溜息をつきながら「残念ながら、私では無理でしょう」と言った。
「ほれ、ここをご覧ください。この折れ口のところです」
「……きれいに折れているように思いますが……」
「賢者殿でもお分かりになりませんか。光の反射をご覧ください、微妙に異なっております。」
ゆっくり動かしながら光にかざすと、微妙に輝きが異なるようにも見えた。
「でも、それは折れているからではないのですか?」
「いいえ。この剣は作り方が違うのです。我々が作るのは剣の形に成形した鉄に刃を研ぎ出すだけ。しかしこれは話にだけは聞いたことがある、鋼を作り、それを何度も叩いて剣にするという、独特の手法で作られています。こうして間近に見るのは初めてです。これは非常にめずらしい品ですぞ」
「では、誰か直せる者をご存知ではありませんか?」
「このような剣を作っている一族がずっと東にいると聞いたことがあります」
「東……ですか」
我々のいる位置から東と云えば、創主が押し寄せてきている方角。おそらく、その一族も呑まれただろう。
「後は……一人、変わり者がおります。あの男ならできるかもしれません」
「変わり者……ですか。それで、その男は今どこに?」
「この戦いが始まる前に聞いた話では、なんでも火山の麓に良い鉄を求めて海を渡る、と言っていたそうです。たぶん、ヴァン・ダー・ビィーア島の火山のことでしょう」
「普通、剣を打ち直すのにどのくらいかかりますか?」
「そうですな、普通なら4~5日ほど。ただ、この剣ですと10日くらいかかるのではないでしょうか」
「そうすると行き帰りを含めて二月と見れば良いですね」
「行かれるのですか? いないかも知れませんぞ、何せフラフラとあちこち放浪している男ですから」
「ええ」
「あの方のご命令ですか?」
「いいえ。いらないとおっしゃったので、私が頂いたのです」
「どうしてです、賢者殿はほとんど剣をお抜きにはならないでしょう?」
「私はあの方にもう一度この剣を手にして欲しい、そう思っているだけです。教えていただいてありがとうございました」
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
その足であの方のテントに赴いてこの後の戦力を説明し、更に二月の暇乞いを願い出たが、理由も尋ねず「好きにすればいい」とだけ云って後は杯を口にするばかり。
自分のテントに戻って旅支度を整え、馬に乗り陣営を離れたのは早朝。明るく輝いているはずの太陽も創主の瘴気を晴らすことはできず、薄暮のような曖昧な空だった。

気に入ったら↓のハートをクリックしてね
これ好き!! これ好き 5
読み込み中...