Section 3

始めは様子を見る、だけの予定だった。
その頃の私は『地脈が分かる』と思われ、新しく井戸を掘るにはどこが良いか、この先の鉱脈はどちらに向いているのか教えてくれ、村々から声がかかった。
どうして自分に分かるのかは分からいが、とにかく「このあたり」と示すと、不思議と水脈や鉱脈を見つけることができた。
そして、あの方は、小さな村から広大な領地を持つ領主まで、乞われれば嬉々として剣を振るう『勇猛果敢な金の剣士』と呼ばれ、「『創主』という恐ろしい軍が攻めてくるので助けて欲しい」と声がかかるのは時間の問題だった。
近隣の領地や村々から人が集まり、戦闘訓練はおろか剣さえ持ったことのないような農民達を率いたその地の領主は、無秩序に広がった創主の軍勢を丘から見て戸惑っていた。
そこには薄暗い靄に包まれ、ただ前進するだけの、およそ統率の取れていない烏合の衆。
やがて立ち上る靄がこちらの前衛に到達した頃から、奇声を発し、味方に斬りつけるという者が出始め、初めて『創主』がどういう敵かを認識した。
それは、辺り構わず襲いかかる軍勢よりも不気味な、人を狂わす薄暗い靄自体。
靄から逃れるべく人々を下がらせようとしたが、後衛の人々は何が起こったか分からず、前衛がワラワラと押し寄せてくることに戸惑い、たちまち陣営は混乱の渦と化し、更に創主の軍勢が傾れ込み、……既にそこは流血と悲鳴、恐怖と狂気、打ち合う金属音が支配する、戦場。
否応なく巻き込まれた形で始まった戦闘は従来の戦闘の形をなさず、ただ刃を向ける者を『敵』と見なすしかない、不毛な戦いの始まりだった。
怒号の中、いくらかでも正気を保った者達は戦端を切る前に命じられた「撤退」を口々に叫びながら、戦線からの離脱を図っていた。
やむを得ず剣で活路を切り開きながらあの方の姿を探すと、薄靄の中で金の髪を振り乱し、嬉々として剣を操る姿を見つけた。
持っていた剣が使えなくなると周囲に群がる敵から剣を奪い、そうして徐々にこちらにやってくる。
そして、何本目かの奪った剣を敵の胸に投げつけると、腰に差したままだったあの剣を鞘から解放した。
その瞬間、風を切るようなヒューという音と共に動かした刃に沿って光が流れ、あの方を取り巻いていた靄が切り裂かれ、更に剣に従うかのようにその色を濃くしてまとわりつくのを見た。
ただ……驚愕した。
「賢者殿、何を呆けるおられる!!」
私を斬ろうとした敵を倒し、馬を並走させつつ大声を発したのはベンノ、館の警備隊長だった。
「見ましたか?……あれを」
「話は後です。川を渡り切るまで馬を止めてはなりませんぞ!!」自らは馬をかえし、疲れきり足を止めかけた私の馬の尻を叩くと戦いの中に戻っていった。彼の姿を見たのはそれが最後だった。
軍を率いた領主と隣の領地との境は川幅も広く、流れが速いため、ほぼ全員が退去してきたと判断した隣の領主は掛かっていた橋を落とした。
さらに疲弊した私達を後方に下げ、率いていた弓部隊を川岸に配すると向こう岸に迫ってくる創主の兵に向けて火矢を放ち始めた。その後ろには準備の終わった投石機が並べられ、川から一歩も領地に入れぬ決意のようだ。
奇跡的にも無傷でたどり着いた者、多少の手傷を負った者、支えられねば立っていられぬ者、様々な者達が後方にいた。その出会う者達に「あの方はどちらに?」と問いかけながら予期せぬ戦闘を体験して興奮と戦慄を漂わす人々達の間を歩いていた私は、やっとテントに入ろうとしていたあの方を見つけた。

*****

「ただいま戻りました」
「遅かったな。出来てるぞ、ほらっ」
「本当ですか、おおっ、見事だ。折れた剣とは思えません! でも、これは一体……」
「その黒曜石は護り石なんだろ、あの男もきれいにカットされた黒曜石を首から下げていたからな。だからお前さんの命を守る剣に埋め込んだってわけさ」
「この剣は、私のでは──」
「それと、鍔に銘を入れさせてもらった」
「えっ?」
「刀工の権利だ。本当は刀身に入れるんだが、まあ、俺の名前なんかよりもっと良いものにしておいたぞ」

──ウィレム・デュソイエ・イーライ・ド・モルギフ──

「この世界を支える大地の神ウィレム、動物も植物も生きる上で必要不可欠な水の神デュソイエ、穏やかも荒れるも自由きままな風の神イーライ、そして、破壊と再生を司る火の神モルギフ。どうだ、ご利益がありそうだろう」
「聞いたことがありませんが、どの地方の言い伝えですか?」
「前に話した、これと同じ石を持った男が言ってたんだ。ずっと東に伝わる『すべての始め』って話らしい。
 この剣をお前さんが使おうが誰かに献上しようが、どっちにしてもきっと持ち主には加護が必要だろう、違うか?」
「そうですね。アレを食い止めなければ、……伝承とはいえ、東方の神々が作ったかもしれないこの世界は……終わってしまうでしょう」

──神々の名を持つこの剣で、賢者は愚者と化す──
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