Section 4

帰り着いた港は出発したときと同じように穏やかに見えた。だが、あの方の元へと向かうにつれ、恐怖と疲労と諦めの表情を浮かべた人々が家財道具を持って逃げてくるのに出会うようになった。戦火は確実に拡大している。

当初の予定よりずっと早く、やっと見つけた部隊は不安げな見知らぬ人々と、ともに軍馬を連ねた懐かしい人々で溢れていた。
「おおっ、賢者殿。やっとお戻りか」
「ただいま戻りました。押されぎみ……ですね」
「ああ、あいつらは食事もしなければ眠りもしない。まったく化け物だ」
「そうですか。それで、あの方はどちらに」
「この先におられる」
指し示された先、人々から少し離れたところに天幕が張られ、中からこれまでの戦況と今後の戦略を討議する数人の声が聞こえていた。
「失礼いたします」
「賢者殿」
「お帰りなさいませ」
「ささっ、どうぞこちらにおかけください」
ドア代わりの垂れ幕をくぐると部隊を率いる主だった者たちが椅子から立ち上がり、無事に帰ってきた私を暖かく迎えてくれる中、あの方は椅子にかけたままじっと私を見ていた。
「それで、状況はどのように?」
「ええ、こちらは例の川で一息つきましたが奴らはどんどん川に落ちていく。言葉通り、ただ前に進んで、川に落ちて……死んでいく。まったく、本当にもう人ではないのだと実感しました。その様子が数日続き、その後まるで風向きが変わったように下流へと進んで浅瀬を渡り、また泥沼の状況に……」
説明してくれた屈強な初老の男はため息をついたが、言葉とは裏腹にその中には死者を悼む気持ちが込められていた。行動は既に人ではないがその姿は未だ人であるがゆえに敵とはいえ心が乱れる。この感情は戦いにおいてはあってはならぬものだが、我々がこの感情を無くしてしまったら操られている彼らと同じになってしまう。人とはなんと複雑なものだろう。ともかくも明日以降の戦略を決め、人々が表へと出ていった。

「それで」
二人きりになると討議中ほとんど口を開かなかったあの方はそっけなく言った。机替わりの板の上に細長い包みを乗せ、布を開いて鍛え直した剣の柄を向けて「いかがですか」と私。
「この石は……お前のだな」
「ええ、刀匠が私のものと間違えて埋め込んでしまったんです」
「ちょうど良い大きさだな、まるで初めからあったようだ」
「本当に」
やっと手を伸ばして柄を握ると鞘を抜いて新しくなった刀身を光にさらながらじっくりと検分していたが、一瞬不思議そうな顔をした。
「どうかなさいましたか」
「今……いや、なんでもない」
「そうそう、その刀匠は石だけでなくその柄にも文字を掘り込んでしまったんです」
「んっ? これは……なんと書いてあるんだ」
「なんでも東で言い伝えられた『すべての始まり』という話に登場する4人の神の名で、ウィレム・デュソイエ・イーライ・ド・モルギフだそうです」
「長いな、モルギフでいいだろう」
意外だった。この人なら『剣に名前だと? それも神の名などと、愚かな』と言うと思っていた。
「なかなか良い剣に仕上がっている。大事にしろ」そう言って鞘に収めた剣を私に差し出した。
「どうぞお持ちください。あなたに献上いたします」
「いらん。俺はすでに剣を持っている」
「そうおっしゃらずに。創主を葬るには剣が何本あっても足りないでしょう。では、失礼いたします」
出て行く私の後ろで、もう一度鞘から剣を抜く音がした。

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