立派な天蓋の中は血の臭いが漂い、左腕を失くし横たわる人の顔色はまだ青白い。
「軍師……殿」
「どうぞ寝ていてください、ベラール殿。周囲の様子でお分かりかと思いますが、私たちは新たに北に出現したという創主と戦うためこの地を離れます」
「やはり、あれだけではなかったのですね」
「ええ。今度は『何を以てしても消えぬ野火』だそうです」
いやな予感ほど当たるものはないというように目を閉じた彼は思い出すように「山の向こうにはラーヴェンスベルク家が治める、海に注ぐ大河が造った平野。さらに海岸沿いに進むともう草原も森林もなく、夏の一時を除けばほとんど土地は凍り付いていると聞いております。たとえ雷が落ちても燃え広がることなど……おそらく、創主とみるのが正しいでしょう」と言い切った。
「向こうをご存知か」
「ダヴィドにお尋ねください。彼の祖母がラーヴェンスベルク家の出です」
「ウェラー殿が? それはよいことを教えていただきました」
「山越えとなると、私を始め怪我をしているものは無理ですね。どのくらいがこの地に残りましょうか」
「およそ200名ほど。回復して国に帰れるようになるまで、お願いできないでしょうか」
「もっと多いと思っておりました。そうですか……たったの200。ご覧のとおり、この地には開墾できるところがまだたくさんございます。国に戻らず留まるなら手伝っていただきましょう」
「ありがとうございます。それでは、またお目にかかりましょう」
落胆を打ち消すよう、ことさら明るくいう彼に、私は心から感謝した。
ウェラー殿を探し出し、連れ立って伝令から話を聞き終えると、軽装ともいえる先陣の一部は出立しようとしている。
「軍師殿、私は打ち合わせたことを眞王陛下にお伝えし、そのまま同行いたします。では、失礼いたします」
駆け出していく後ろ姿に先ほどのベラール殿の言葉が蘇る。
「こんなことがなければ、今頃ダヴィドは妻を迎えておりました。できましたら、無事に連れ帰ってください」

徒の兵が1,000名以上、200頭以上の馬、補給部隊まで引き連れての移動に速度を求めても仕方ない。伝令は12日と云ったが、それは希望的観測だ。このままでは先陣に追いつく頃には創主を目の当たりにしているかもしれない。
「元から作物には不向き、狩る動物も少ない場所でしたので滅多に人も立ち入らず、最初に気づいたのは北の漁場に向かう漁師たちでした。ほとんど白一色の海岸がまるで夜空に輝く光の帯のようになっていると地元で噂になり、見物に行ったものたちは誰一人帰らず。村長から役人に、役人から領主様に話が伝わり、兵が赴いてやっと事態が分かってきた頃にはアレは平原の半分ほどまで広がっていました。
端から見ている分にはこの世のものとも思えないほど美しいのです。その美しさに惑わされて近づくと、身体の中から燃えてくるような感覚が強くなり……ええ、そうです、外側からではなく、内側から熱くなるそうです。熱くて苦しいはずなのに、もっと先に行けば涼しくなれる、氷で冷やせると何かが囁くのだそうです。それに抗えない、我らが強引に引き戻したものがそう言っていました。
つけていた腰縄を切ってまで先に進んだものは、いきなりうめき声を上げて火柱のように燃え尽き……。
我らは創主の話を耳にし、領地を守るべく装備を整えている最中でしたので、話に聞くものと目の前の光景に違いはありましたが、人知を超えたものと判断。こちらに、眞王陛下の元に馳せ参じたのです」
「私たちが現地に着くころにはどうなっているとお考えか?」
「おそらく、平原一杯に広がっていると思われます。私が出立つ前に領主様が近づかぬよう指示を出しておりますので、住民に被害はないと思います」
「ラーヴェンスベルクのご当主は賢明なお方のようだ」
「はい。もうご高齢ではありますが、テオヴォルト様の考え方と行動力は若いものと変わりません」
慕われているのがよく分かる。彼が笑顔を見せたのはこれが初めてだ。
「まさか前線に?」
大きな笑い声を上げた後「いいえ、さすがにそれは。軍を率いておられるのは次男のマティアス様です」
10日以上も彼と語らい、私はラーヴェンスベルク家が治める国をまるで自国のように詳しくなっていた。

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