「遅かったな」
予想通り、ロンガルバル川を前にして先陣はその進行を停められていた。
「こんな川を見たことがあるか? まったく向こう岸が見えん。渡し船はあんな小舟で4艘しかないんだぞ?! ウェラーが向こうに渡って手配してくれているはずなのだが、まだ来ぬ」
こんな風に2日も待たされていれば、この方だけでなくとも苛立つのは当然だ。
「そのせいで陸からの侵略はほとんどないのだそうですよ。ヨナスによれば、渡るよりそのままケイブまで下ってしまった方が早いとのことです」
「ヨナス?」
「ほら、あの伝令です。いろいろと教えてくれました」
「それで、確証を得たのか」
「ほぼ間違いないでしょう。ただ、確認したいことがあるので手をお貸しいただけないでしょうか」
ああ、なんと露骨な否という表情。こういう場合、私の手法は邪気のない微笑みを浮かべてただじっと見つめるだけ。一般的に男性は同性での見つめ合いを嫌う。それは動物としての本能、互いの力を誇示し、戦いを回避するかそれとも実力行使かを判断する間合いを計っているのではないかと思う。この方の場合、自分に自信がある分、他の男性より厭うことはないが、それでも私相手だと先に目を背けることが多い。つまりは、こうしていれば私の意が通るのだ。
「俺が嫌なことを承知で云ってるんだな」
「もちろん承知しております。ですが、それ以上に敗北はお嫌いでしょ?」
柄飾りに伸ばした指先は飾りとしてそこにある、無垢な幼子の顔と相談しているように見える。
「いいだろう。但し、俺はしゃべらんからな」
「ありがとうございます」

「眞王陛下、軍師殿。初めてお目にかかります、ラーヴェンスベルク・マティアスでございます。このたびはこのような僻地にお運びいただき、まことにありがとうございます。平時であれば館をあげて歓迎いたしまするところ、なにぶんにも今はその余裕もなく、どうぞお許し願います」
「俺は単なる傭兵だ、請われればどこにでも行き、戦うだけだ。歓迎とか接待とか、気にする必要はない」
「マティアス殿、お噂は聞いております。このたびの件については眞王陛下を始め、全員、喜んでお力になります」
5艘の貨物船を引き連れ、がっしりした大型外洋船2隻ともに到着したマティアスの丁寧な挨拶もそこそこに、兵と馬を乗せた船は一路ケイブを目指した。

「山越えの最中、まともに寝ていないからな」と乗船したあの方はすぐ船室に入ってしまい、残された私は着くまでの間、マティアス殿と四方山話で時間を過ごすことになった。この地方の自然・産業、国の成り立ち、近隣国とのつきあい方、ラーヴェンスベルク家の人々の話などなど。
やがて見えてきたケイブは港の大きさや建物の多さに比して人影は少なく、閑散という言葉がふさわしい感じだ。そう印象を告げると、「ここは元々漁村なのです。北に位置しますので作れる作物は限られますが、海流は暖かいので海は凍りません。今は他で漁をしているものたちも冬になれば戻ってきて、驚くほど人が増えます」
「それでは普段マティアス殿はどちらに?」
「川の上流にあるデトモルトでございます。自分でいうのもなんですが美しい街なので、ぜひお目にかけたいものです」
「街の成り立ちはその街ごとにあり、実に興味深いものです。お伺いしたいものですね」
そうこうしている間に一寝して起きてきた眞王陛下の姿が甲板に見えると、「ところで、男に使う言葉ではありませんが、眞王陛下はお美しい方ですね。それに、噂で聞くより細くて小柄なので正直驚きました」
なぜかこういう話になると誰もが皆、少し恥ずかしそうに小声で言う。面と向かって云ったとしても「ふぅ〜ん、そうか」で済ませてしまうだろう。あの方にとって容姿とはそういうどうでもよいことなのに。
「初めてお会いしたとき、私はマティアス殿の雰囲気があの方に似ていると思いましたよ」
「私がですか? 光栄ですが、似てるのは髪の色くらいでしょう。んっ? そう云えば、肖像画の中に……ああっ、あの女性の方が似ております」
「ご家族の方ですか」
「遠縁らしいのですが、とにかく幼くして家を出てしまったので誰に聞いてもよく分からないのです。女たちの噂では、なんでも不思議な力を持っていたとか、いなかったとか」
「その様子ですと、幼心に憧れたとか?」
「さすがは軍師殿、よくお分かりだ」
声を上げて笑い合う私たちを見る眞王陛下のその顔に、怪訝というよりどこか嫉妬めいたものを感じたのは私の勘違いだろうか。

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