夜半に下船した兵たちは近隣の空き地に宿営の準備をし始め、私たちは館に招かれた。簡単な食事の後、割り当てられた領主の部屋にあの方を訪ねると「今夜するのか? 俺は寝たいのだが」
「船の中でお休みになったではありませんか。短く済ませますので」
モルギフに手を乗せて呼びかけると待っていたかのようにあの声が頭の中に響いた。

{人よ、やっと我を思い出したか}

高慢ともとれる発言はどこかあの方と似ている。そんな考えが伝わったのだろうか、つい苦笑する私を見てあの方はムッとしている。
{この地で燃える火はあなたですか}

{アレは既に我にあらず}

重なり合う声の中でより強く聞こえる声は前の若さを感じさせるものではなく、やや女性的とも思えるもの。
{あなたでないから消えないのですか}

{アレは既に我にあらず}

「ふふふっ、このままだと埒が明かず、夜が明けるぞ」
「眞王陛下……、火が燃えるためにはそこに燃えるものがある、空気が絶えず供給される、そこに高熱が加えられる、と3つの要素が必要なのです。マティアス殿、ヨナス殿から聞いた限りでは、かの地には燃えるものはなく、高熱を発するものもない、となると普通なら空気を断つしかないでしょう。その空気が彼らに属するのか知りたいのです」
「まっ、続けろ」
{地上に満ち、生き物がその体内に吸い込むものはあなたですか}

{正なり}

{一時、地上から消えることができますか}

{我が消えることなどあらず}

「奴らを『自然』と考えてみろ。前の竜巻は自然に起こるもの、だから奴らもできた。だが、この地上で一時とはいえ空気がなくなることがあるか」
「なるほど、そうですね。他の方法を考えてみます」

夜明け前にケイブを出立した偵察隊は海沿いに進み、湾を形作る岬の崖を昇ってその頂上から野火を目にしたのは昼過ぎのこと。大して高くもない山の向こうとこちらでこんなに景色が違うとは、中原の住人には想像もできないものだ。
「ちょうどこの岬の先で暖かい海流は沖へ進み、こちら側は北からの冷たい海流が寄せ、真冬になれば氷で覆われるような土地です。ひと月ほど前に発見された時はあのあたりにチラチラと見える程度でした。それが今はこの崖の下まで来ております」
海岸線を正面に見ると、視野の左側全体に怪しく美しい野火が広がっている。予想とはかけ離れた、あまりの広範囲に私はただただ見つめ、周囲のものがマティアス殿に質問する言葉も耳をかすめていくだけ。
「どのくらいまでこのような土地なのですか」
「そうですね……、今見えているあの辺りからさらに1刻ほど進むとやっと草が生え、半日ほど行くとで木が生えてきます」
「ほとんど平坦のようですが」
「上から見るとそのように見えますが、この海岸から木の生えるところまで緩やかな上り坂になっております」
それまで聞いていたあの方が「誰か、あの火に矢を打ち込んでみよ」と命じた。
進み出た射手が数本の矢を打ち込んだが、燃えることなく灰と化した地面に突き刺さった。
「燃えるのは生命あるものだけか」
(そうか、命のないものなら燃やせないのだな)
「マティアス殿、この風はいつもこのように海から陸に吹くのですか」
取り出したハンカチを風になびかせながら聞くと、「はい。ここは風の通り道、海から陸へと吹きます」
「では、波の大きさは?」
「今時分はこの程度ですが……何か気になることがおありか」
「日頃穏やかな海でも、場所によっては満月や新月の夜に大潮という大きな波が来ると聞きます。ここはどうなのでしょう」
「他とは比べたことはございませんが、あと10日もすれば新月、その時まれに人の身長ほどの波が来ることがあります」
「10日……」
「何か思いついたのか」
「はい、眞王陛下」

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