ケイブに戻るとすぐ、木の生えている地点に一カ所だけ出口を作り、海岸線を口と見立てて漏斗状に土嚢を積み上げるよう布令を出した。聞いた時は戸惑った兵たちも、前回出した私の奇妙に指示で創主を追い詰めたことを思い出すと、あとは自主的に仕事を割り振って地図を確認しながら黙々と働き出してくれた。また、工兵隊のコルピ殿には10日で再び箱を作ってくれるよう──但し、今回はその内側を金属張りに──依頼すると、「軍師殿のご依頼であれば叶えてみせましょう」と快い承諾の言葉。必要な指示をすべて出して一息ついた私に、まさに退屈きわまりないという口調の「そろそろ俺にも説明してほしいのだがな」、兵を率いる大将として当然の質問だ。
「人の手で行える消火などあの広さを考えればまさにザルで水を汲むようなもの。まして近づけないのですから、人の手で消火するのは不可能。ですから、彼らの力を借り、一気に消火するのが一番でしょう」
「そうか、波……水だな。だが、いくら大波でもお前が指示した内陸まで押し寄せてはきまい」
「普通ならそうです。でも、もっと大きな波ならいかがですか。陸から吹く風で皆を守り、海からの大波であの野火に一気に蓋をしてしまうのです」
「そして、箱はまた皆を騙すためのものか?」
「水の上を渡る火というものもあるそうですし、万が一、消火できない時は箱の中まで押し流し、水とともに封じ込めてしまいます」
「それは詭弁だ」
「良いではありませんか。お分かりになるのはあなただけです」
「では、今回は俺の出番はないな」
「いいえ、とんでもない。陛下には沖で波を切っていただかないと」
「……なんだと?!」
「おっしゃったではありませんか、彼らを『自然』と考えよと。自然に限度や他のものへの配慮などあると思いますか?」
「……ないな」
「その通り。ですから、彼らに始めと終わりを合図する必要があるのです。今回の作戦で一番肝心なところを陛下自ら実行していただけるとは、まことにありがとうございます」
「お前、俺を良いように使いたいときだけ『陛下』と呼ぶな」
「そうでしたか? そのようなつもりはございませんが」
「まあいい。奴らと話をつけよう。それから云っておくが、俺は船が嫌いだ」

{可能である}

ラーヴェンスベルク家に仕える暦を司る識者たち、漁師の長たちと額をつきあわせて大潮の正確な時間を検討した私は、新月を明日に控えた昼、主だったものを前に今回の策を説明を始めた。
「この地を襲う尋常ならざる野火の消火に当たり、説明なき私の指示に皆様ご尽力いただき、ありがとうございます」
できれば人の背まで欲しかった土嚢は腰高までしか積み上げられなかったが、視界の向こうまで続く海岸線に比して少ない日数と人手。むしろ良くここまで作ってくれたと頭が下がる。
「ついては今回の策についてご説明いたします。明日夜は大潮、この地では普段より大きな波が起こります。その大波を眞王陛下のお力を以て更に大きく強く、かの地を水で覆うことで消火することにいたしました。皆様にお作りいただいた堰はそれ以上、水を陸に寄せないためのものです」
「軍師殿、お話はわかりました。が、それであのすべてを燃やし尽くさんばかりの火が消えるのでしょうか」
「そうです、まさにあれこそ『劫火』。いくら大波とはいえ──」
「まあまあ、お待ちください、ラーヴェンスベルク家の方々。皆様はご覧になってはおらぬが、先の創主を滅ぼしたも眞王陛下のお力と軍師殿の策。今回もなんら心配はござりません」
「軍師殿の策が奇抜なのはいつものこと」
「前と同じく、勝算はおありなのでしょ、軍師殿」
「さっ、お聞かせください。我らはどのようにすればよいのでしょう」
向けられた視線に笑みを浮かべてうなずくと、皆安堵した表情に変わる。この絶対的な信頼に思ったことは(このように平然と人を騙すことがうまくなってしまった)だ。
「皆がお前の指示を待っているぞ」
いつものように無言で奥に座したあの方は私の心情を解した上で、そんな忸怩たる思いなど無用と切り捨てたかのように聞こえた。(そう、得体の知れないものを相手に誰もが不安を感じるのは必定。だが、私の練った策に兵の生死が左右されるのだ。その不安を表してはいけない)
「では、こちらの配置図をご覧ください」

夜には一通りの説明が終わり、あとは明日の夜を待つばかり。まるで祝宴のような夕餉の席を早くに退席した私は、自室に戻る途中でマティアス殿に呼び止められた。
「なんでしょうか」
「先ほどは皆がおりましたのでお尋ねできませんでした」
「部屋でお聞きした方が良さそうですね。どうぞ」
北に春はまだ訪れず、夜の寒さに赤々と燃える暖炉の火も部屋を十分に暖かくはできていない。
「先ほどのご説明では『箱の蓋を閉めるものは心強く、かつ穏やかなものを』とおっしゃいましたな。ダヴィドからベラール殿の話は聞きましたが、今回も危険なのですね?」
人目のあるところでは私と二周りも年が違うなど感じさせない若さを見せていたが、やや前屈みに問うマティアス殿のこの姿が本当の姿なのかもしれない。

「前回の創主は人の心に巣食う悪意の化身だったと思っています。今回のは『惑わすもの』、そうですね、たとえば食虫植物のように獲物を招き、惑わし、喰らう。虫ではなく、命を。現れたところに命あるものが少なかったから、その成長が遅いのではないかと思います」
「だから、惑わされないようなものを、ということですね」
ああ、この表情。この方の次に云う言葉が分かってしまう。
「そう云うことでしたら、やはり私がやりましょう。惑わされぬという自信はありませんが、このようなことを民に押し付けては領主失格ですからな」
ベラール殿といい、マティアス殿といい、この高潔さに頭が下がる。
「もう夕餉もおわったようだ。では、軍師殿、これにて失礼いたします」
年若いものを安心させるような、穏やかな表情を浮かべて胸を張った彼は静かに部屋をあとにした。

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