視野の端、ギリギリのところで何かが動いている。
気取られないようにさり気なく顔を回すと、どう見ても俺より僅かに年上くらいの少女が、大きな人形を抱いていた。
いや、人形ではない。少女の首に手を回し、内緒話をするように顔を近づけた、……あれは、幼児だ。
その場で動くものと云ったら、母と、楽師たちと、俺、それに、あの親子だけ。
二人の長い黒髪が周囲の輝きを集めたかのように艶やかにその姿を浮かび上がらせ、俺は目が離せなかった。母が舞っているにも関わらず。
やがて、子供が俺に気づいて何事かを告げたようで、二人の瞳が俺を捕らえた。
こんなに離れているのになぜはっきり分かったのだろう、あの瞳が『黒』だということを。
どのくらい視線を合わせていたかは記憶にない。
ただ、楽の音が消え、人々が我に帰ってあげる大きな拍手と歓声でやっと二人の視線から解放された俺は、心のどこかでホッとしていた。
母の舞いに心を奪われることなくごく普通にしていられる、あの無邪気とも云える態度は周囲の者たちにとって危険すぎる。
……なんでそんなことを思ったのか。
「お前も気がついたの?」
いつの間にか俺の側に立ち、かけてきた母の声は、高揚した心を表したかのように明るく弾んでいた。
「母上、あの親子は……」
「少し前に東方から来たらしいわ。面白いわね、あの親子の波動は」
「面白い? 俺にはどこか危なく感じます」
「そうなの? 私は好きだわ、なんとなくとても近しい感じがするの。ねえ、それより、お前の話を聞かせちょうだい」
楽屋に戻って装束を脱ぐと一晩かけて自分たちの近況を語り合い、それ以来、二度とあの親子を話題にすることはなかった。
楽しい日々はあっと云う間に過ぎ、数日後、母は王宮を去り、また旅に戻っていった。

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