夏とは云え、気候は涼しく、海を渡ってくる風は寒いくらいだ。
荘園には既に異国の船員らしい服が整えられ、あとは俺を乗せるよう密かに交渉した船が入港するのを待っていた。
朝霧とともに入港したその船は、日中に荷を下ろし、夜、船員たちは村の居酒屋や売春宿へと散らばり、翌朝、船へと戻っていく人々の中に、俺はいた。

「俺が逃げたら、あなたは……」
「お気になさるな。もう、いつお迎えがきてもおかしくない歳です」
「そう……ですか。一つ、いいですか。なぜ俺を引き受けたのです?」
老人は憧憬を込めた瞳でただ、「あなたは……お母上に似て、囲いの中では暮らせない方だ」とだけ答えた。
「荷物になりますが、どうぞ、こちらをお持ちください」
細長い包みの中は鞘こそ安物だが、柄飾りが見事な、やや丈の短い剣が入っていた。
「あなたをお預かりした時、お母上からお預かりしたものです」
「母が?」
「ええ。お母上の一族に伝わるものだそうです。王子、私はあなたが市井の暮らしに馴染めるようお教えしたつもりです。どうぞ、この老いぼれの心を汲んで、思いのままにお生きくだされ」

帆を広げて沖へと出航する船の縁から村を見やると、丘の上に構えた館の窓が一つ開いているのが見えた。
彼がそのあとどうなったのかを知る機会はなかった。

うっそうと茂る木々の間から差し込んでくる僅かな光が、あの時見たように艶やかな黒髪に反射してキラキラと輝いている。

(愚かな王をいただく国など栄えるはずがない。とっくに滅びた国に義理立てせず、お前も早く逃れれば良かったのに……)

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