元々急ぎ旅でもないし、ルッテンベルクで夏を過ごしての帰り道、俺たちは行きとは違う道を選んだ。
山間の街は日差しこそ強いが空気は乾燥していて、日陰に入ると涼しいくらい。夏は駆け足で過ぎ去ろうとしている。

馬車を預けて広場に面した店まで戻ると座っていた席に姿はなく「こっちだよ」の声。
「ムラタァ、そんなとこにいたら日焼けしちゃいますよ」
「今更だって。ほらっ、冷たくて気持ちいいだろ」
中央の噴水が虹を作り出す泉の水をすくうとパシャッと投げて寄越した。
光の加減だが、陽光に輝くムラタァの白髪にその虹が映り込み、以前チキュウで見た、頭から光を放つ『カミサマ』の肖像画みたいになっている。もっとも、お偉い『カミサマ』が嬉々として俺に水をかけ続けるなんてこと、しないとは思うが。
「あ〜あ、ビショビショ。着替えないと」
「大丈夫だよ、この天気ならすぐに乾く。でも、着替えたいなら脱がせてあげようか」
「ここで?」
「君の魅力的な体をみんなに見せびらかすチャンスだ」
「まるで奴隷商人みたいな、お・こ・と・ば」
泉の縁に両手をかけ、腕の中にムラタァを閉じ込める。俺の前髪をかき上げるムラタァの手はずっと水につけていたせいでひんやりして気持ちがいい。うっとりと目を閉じると、頬や首筋が次々と水に濡れ、唇はキスで熱く、彼のするがままに任せた。

「ヒュー、ヒュー。それ以上いちゃついてると、季節が夏に戻っちゃうって」
建物の陰からイーゼルと画材道具を抱えた若造がこちらに歩いてくる。
「ねえ、おにーさんたち。この絵、買わない? 安くしとくよ?」と画板を差し出した。
大判の紙にはざっくりした線で描かれた街を背景に、泉でいちゃつく俺たちが描かれていた。
「へぇ〜、なかなか良い雰囲気じゃない。で、いくら?」
「ちょっと、ムラタァ?」
「銀1枚。出血大サービス!!」
「線だけの絵でそれは高いよ。どうだろう、僕らをもうちょっと大きく書き直して、全部塗る必要はないけどポイントになるようなところだけ軽く色を塗ってくれないかな」
「おにーさんたちを描くのはいいけど、パステルはあんまり持ってきてないんだ。家に戻ればちゃんと仕上げられるけど。いつまでここにいる?」
「一泊だけだよ。王都に帰る途中なんだ」
しばらく考え込んだ若造は「提案なんだけどさっ」と切り出した。
「今日は二人のスケッチだけさせてよ。それで、出来上がったら送るってのはどう? 額縁も付けるよ、俺の友達に職人がいるんだ。送料込みで銀3枚、どうだ!!」
ムラタァがちらっと俺を見る。視線は明らかに(悪くないよね?)だ。
にやけそうになる頬を引き締め、「なんの保障もなく前払いで銀3枚ってのはずいぶんじゃねぇか。なぁ、あんちゃん」
「そうくるか。これでもウィンコット美術学校の生徒だよ、ほらっ」
紋章入りの学生証を差し出した。どうやら一応絵描きの卵ではあるらしい。
「よし、この場で半額払ってやる。残りは物が届いてから為替で払う。それでどうだ?」
「おにーさん、商売うまいね。いいよ、それで」
イーゼルを立てて新しい紙を用意すると「じゃ、さっきみたいにいちゃついてよ。ほらっ、早く」
そう言われて「はい、それじゃ」といくものじゃない。顔を見合わせている俺たちに「良い雰囲気に描いて欲いんだろ?」と偉っそうな口ぶり。
プッと吹き出したムラタァは「君に会ってとっても喜んでたからさ、今度はリリィさんを僕らの家に招待しようよ。冬の市の頃なんてどうだい?」
「ええっ!? 俺はムラタァと暖かい家で温々イチャイチャしたいって思ってたのに」
「いつだってしてるだろ? あっ!! 店で君のステージも見てもらわなきゃ」
「それ、本気で云ってます?」
「もちろんだよ。きっと喜んでもらえると思うよ」
こんな感じで時を忘れてくっちゃべってると、若造の呆れた声が割り込んできた。
「もう良いよ、ほんと、これ以上聞いてらんない。まったくさぁ、おにーさんたちって……」
「なんだよ」
「こっちが気恥ずかしくなるくらいいちゃつくんだな」
「なぁ〜に、君のご要望にほんのちょ〜っと応えただけだよ。やっと百歳越えの若者をあんまり刺激しても悪いからね。それじゃあヨザック、お代を払ってあげて」
懐の財布から銀1枚と銅6枚を渡し、俺たちのさまざま表情が描かれたスケッチの端に住所を書いた。
笑顔ばかりのそれらを見て、出来上がりを俺も楽しみにし始めていた。

秋も半ば、出来上がった絵が届き、俺たちは約束より額を増して銀3枚の為替を作り、とても満足していること、君と君の友人の将来を楽しみにしていることなどを書いた手紙を添えて送った。
ムラタァの要望通り、絵は緑深い山々と石造りの街と虹を作り出す噴水を背景に俺たちが笑い合い、背景の延長のように凝った手作りの額縁は見るたび晩夏のあの日を思い出させてくれる、とても良い記念となった。

そして、ムラタァには内緒で絵の裏にあの冬の日、彼のアルバムから剥がしてきた写真を忍ばせてある。
少年と老人、時を経ても変わらぬムラタァの笑顔がいつも俺に笑いかけている。

– 晩夏の街で –

晩夏の街で

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