執務室の大テーブルに地図を広げて兵の配置を検討していた俺たちの耳に届いたのは「フォンヴォルテール卿」と呼びかける女官の声。この部屋で女の声など聞いたことがない俺たちは思わず顔を上げた。
「フォンヴォルテール卿。魔王陛下が……グリエ・ヨザックをお呼びです」
誰もが閣下だろうと思っていたところに俺の名が出てきて、俺は衆目の的となった。
「あ〜、閣下ぁ〜、行っても?」
「……」、呆れてものが言えないらしい。
「そんじゃ、行ってきます」

俺が国軍からヴォルテール軍に転属して閣下とともに血盟城に詰める機会が増えると、ツェリ様から呼び出される機会が増えた。長男である閣下は既に当主であり、生来の堅物。三男はまだ幼く、話題は限られる。一番話の分かる次男は突然軍を辞めてフラフラした挙げ句、ウィンコット家の指南役となってからは血盟城に顔を出すこともない。となると、この城で気さくにいろいろ──特に上の子供たち二人の近況を──尋ねることができるものは俺しかいないようだ。
俺もツェリ様との時間は楽しいと思ってる。但し、平和な時なら。戦況が刻々と悪くなっている今、魔王としての振る舞いを一向に見せないツェリ様に不満も感じ始めている。

「来たわね、グリエ。ねえ、殿方の目にどう映るか教えてほしいの」
ボン・キュッ・バン!!なボディラインのドレス姿は相変わらずだ。
「まぁ!! ツェリ様ったら、す・て・き!!」
「ありがとう。でも、なにか違う気がするの」
いま一つ満足していない顔でそう言われても……いや、そうかもしれない。
「う〜ん、髪にメイクにドレス、それに靴はいいと思うの。そうなると、宝石……かしら。見ても?」
机の上に広げられた宝石箱を指差した。

「今日のドレスは黒に近い赤だから、金でも銀でも合うんだけど……」
三段トレイを引き出して眺めるが、やはりピンとくるものがない。
「ねえ、そこのお嬢さんたち。あるもの全部持ってきて」
揃えられた宝石箱はもちろんテーブルには乗り切れず、椅子を埋め尽くして床の絨毯にまで広がっている。
センスの良いものもあれば、やたらと大きな石がついた無骨なものもあるなど種々雑多。
「捧げものがまた増えたようですね。でも、これなんか作り直した方がいいんじゃありません?」
「でも、くださった方に悪いような気がするの」
「使わずにしまい込んじゃっても同じような気がしますけどね」
正式な晩餐会なら三つ──ネックレス・イヤリング・リング──がセットになったものを使うが、今日のはドレスから見て内輪のものだろう。だったら、遊んでもいいわけだ。
「これと、これと、……それから、これ」
指示したもので女官たちがツェリ様を飾っていく。
その間に宝石箱を閉めていた俺は年代物の箱の中に小さな巾着袋を見つけた。ひもを緩めて中のものを取り出してみると、中心に細い金を巻き付けた輝きを失った平打ちの銀の指輪。およそ華やかなツェリ様が身につけるとは思えない質素なもの。でも、昔、同じものを見た気がする。
「グリエ、それはしまってちょうだい」
懐かしさと悲しさが混ぜこぜになったような声が子供の頃の記憶を呼び起こさせた。
ああ、そうだ。これは結婚指輪だ。
指からは外したが、ダンヒーリー様もずっとこれを持っていた。

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