「おはようございます、ドクター・ムラタ。今日の予定はスケジューラーに入れてあります。それから……」部屋に入ると秘書のシンディがいつもの口上を述べた後、立ち上がって実ににこやかに言葉を続けた。「はい、プレゼントが届いています」
差し出された箱を受け取ろうとすると、彼女はヒョイっと箱をずらして「ここで開けてくださいね」

長く海外に住んでいても慣れないものの一つにプレゼントの開け方というのがある。
日本なら自宅に持って帰って丁寧に包装紙を剥がし……だけど、こちらではもらったら即、包装紙を破り捨てて中身をみんなに披露して大いに喜ぶのだ。
「送り主、誰だと思います? あの、なかなか姿をお見せにならない、ミステリアスなこの研究所のオーナー、ミスタ・シブヤですよ? どんなものをプレゼントするのか知りたいじゃないですか」
十分に中年の彼女がまるで少女のように瞳を輝かせている。この期待を裏切ると今後上司として扱ってもらえないかもしれない。
「分かったよ」
ビリビリと包装紙を破り、B4大の箱を開けると「まあ、なんて鮮やかな赤のベスト!! お似合い……んっ?」
広げたシンディが疑問に思うのも当然だ。これはベストではなく還暦祝い用のちゃんちゃんこ。ご丁寧に頭巾まで入っていた。

「あれっ? ドクター・ムラタは還暦ですか? おめでとうございます!!」
驚いて振り向くとインターンの小川君がニコニコしていた。(くそっ、これが分かる日本人がここにいたなんて)
「ナオ、これはなに?」シンディの質問に嬉々として説明する小川君。
「ホンケガエリ? Reborn?まあ、ドクター・ムラタは今日から赤ちゃんなの? 分かったわ、だから日本人は若く見えるのね!! ドクター・ムラタ、さあ、腕を上げて!! お祝いなんだからちゃんと着なきゃ」
いつの間にか人々が集まって祝福してくれたが、どことなく僕を茶化してるようにも感じる。
(BBQにも野球にも参加してるのに、僕ってそんなに馴染んでなかったかな? いや、アメリカ人はお祭り騒ぎが好きなだけさっ。……たぶん)
「はい、それじゃあ記念写真撮るわよ。ほらっ、もっと寄って。three, two, one、cheese!! さっ、SNSにアップしなきゃ。こんな日本の習慣、誰も知らないからきっと「いいね」がたくさんもらえそう」
シンディはウキウキとスマホを操作している。もう、僕の意思はまるっと無視されて、されるがままだ。

そんなこんなで一日が終わって家への帰り道。ちょうど切れていたのでなじみのシガーショップでいつものマカヌード・ハンプトンコート5本を注文すると、「ムラタ様、こちらもきっとお気に召すと思いますのでお試しください。店からプレゼントさせていただきます」、ラモンアロネス スペシャル セレクテッドを1本もらった。(これは純粋にうれしい)
「そうそう、赤いお召し物。よくお似合いですね」(彼もSNSをやってるのか?)
適当に言葉を濁して店を後にした。まったく、いったいどれほどの人が見たんだろう。
家に近づくにつれて、近所の顔なじみが「おめでとう!!」と言ってくれたり、果物や菓子とか売り物をプレゼントしてくれたり、レストランのオーナーなんか「誕生日だっていうのに、なんでウチの店に予約を入れてくれなかったんだい」とか。
(あーあ、みんなSNSをやってるんだ)

アパートメントのポストに花はなかった。(そっか、こっちには来てないのか)
「あら、ケン。お帰りなさい。どうかした? なんか変なものでも入ってた?」
「ただいま。いいや、請求書にDMにカードが数枚。でも、どうして?」
「私が帰ってきたらフード被った見かけない大男がドアの前をウロウロしてたの。怪しいでしょ? だから『監視カメラがあるんだから、変なことしない方がいいわよ』って言ってやったの」
(……だからか)
「勇気あるね。僕なら怖くて部屋に閉じこもっちゃうよ」
「いやだわぁ、そんなことないわよ。そうそう、今日Rebornしたんですって、おめでとう。気が向いたら店に来てね。サービスするわよ」
艶やかな装いのクリスは投げキッスすると出勤していった。
(SNSやってない人っていないの? ゲイグラブでのサービスねぇ……いや、想像するのはやめよう)

みんなの様子からして、今日はどこに行ってもおめでとうの嵐だろう。悪い気はしないけど、彼らのテンションに対応する体力というか気力というか、そういうものは朝で使い果たしてもう残っていない。仕方ないので冷蔵庫の中身で何が作れるか検討してみた。あー、買い物をサボるんじゃなかった。デリバリーって気分でもないし……、そんなときポケットのスマホが揺れた。
「やあ、アビー」
「ねっ、アパートメントの前で待っててくれる? ほら、あなたのアパートメント前って駐車禁止じゃない、長く停めていられないのよ。じゃあねっ」
笑いがこみ上げてきた。急いで着替えてアパートメントの玄関を出るとすでに車が停まっていて、アビゲイルが手を振っていた。

行き先はボストンの旧家グレイブス家かと思ったら中華街だった。
「久しぶりだなぁ、この店」
「でしょ。ナイフとフォークよりお箸の方がいいと思ったの」
挨拶に出てきたDTJと妻のリュウリョウはハグとテーブル一杯の食べ物で歓迎してくれた。やがて勝利さんが駆け込んできてアビゲイルと三人──それと、ときどきDTJとリュウリョウも席について──にぎやかな夕食。
二人を目の前につくづく思うのは、これだけ長い付き合いなんだからいっそ結婚しちゃえばいいのに、だ。
でも、それを口にするとやぶ蛇なので言ったことはない。

楽しい時間はあっという間に終わって席を立ったとき「ほらよっ」、勝利さんが紙袋を寄越した。
「プレゼントならもらったよ。ところで、あれ、こっちでよく売ってたね」
「何いってるんだ。わざわざ日本から取り寄せた、内側に名前入りの特注品だぞ。それにしても、なかなか似合ってたなっ」勝利さんは意地悪げにニヤッと笑った。
(たぶん、こういうところがアビー──いや、女性全般──とは合わないんだろうな)
「ああもう。今日は好きに言ってくれ。それじゃあ、これは?」
「帰ってから開けろよ。じゃあな」

アビーに送ってもらい、部屋で箱を開けてみた。
「……プッ!!」思わず吹き出してしまった。
入っていたのは見ごろの左側に一輪の白百合が編み込まれた鮮やかな赤のベスト。それも、どうみても手編み。
上司と違って彼のは実に見事な出来栄えな上にジャストサイズ。僕が着た姿を思い描きながら編んでいただろうことが容易に想像できた。
(そうだ、明日はこれを着て、みんながうんざりするほど惚気てやろう)
どこかで絶対見ている彼を僕と同じくらい喜ばせること。
それが、もらってばかりの僕にできる、彼へのプレゼントだ。

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