空は冬らしい薄い水色だが、風は弱いのであまり寒くは感じない。
「ヨザック、馬車が着いちゃうよ」
「はーい、今行きまーす」
先に出たムラタァに追いつくと彼はコートしか着ておらず、俺はつい「襟巻きしないんですか? あっ、手袋もしてないし。取ってきますよ」
「老人扱いは止めろって云ってるだろ。まったく、心配性なんだから。大丈夫。もし、寒かったら君に抱きつくさっ。そっちの方が良くない?」
そんな話をしながら新市街のやや外れ、駅馬車のターミナルへと向かった。
ムラタァにとっては初めての冬の市で、彼はルッテンベルクから来る客を楽しみにしていた。

「やあ、リリーさん、ようこそ。ヨザック、突っ立ってないで荷物を受け取って」
「ムラタァさん、招待してくれてありがとう。ほらっ、落とすんじゃないよ」、当然のように俺に鞄を投げ渡すと「それにしても、さすがは王都だねぇ、馬車の乗り場が6つもあるなんて」
「ルッテンベルクと王都を比べんなよ」
本当は(田舎もん丸出しじゃねーか)と続けたかったが、ムラタァの前なんで止めといた。
歩き出した二人は道すがら、何かを見てはあーだこーだとくっちゃべり、俺の存在なんてすっかり忘れている。リリーの滞在中これが続くことは確実で、俺は早くも憂鬱な気持ちになっていた。
でも、「いいですか、寝室は俺たちが使用中の一部屋だけ。ほかは衣装部屋兼書斎で客間にするには改装が必要、階段下の物置部屋は窓なしでベッドは置けず、屋根裏部屋は未整理で、さすがにここに人は泊められませんよ」
俺たちの家に泊めるつもりだったムラタァをこう説得して、近くの宿屋に部屋を取ったことは正しかったといえる。
もし、我が家に泊めていたら、きっと一晩中俺のあることないことをしゃべり続けていたことだろう。

今回、予定していた案内先は、初日:王都観光と見晴らし台、2日目: 血盟城を見学、3日目は眞王廟を詣でて『王の湯(渋谷有利魔王陛下即位記念のアレだ)』でまったり、4日目に帰る予定だ。(ブラウニィレディでのナイトライフについては断固拒否した)

ところが初日、あちこち案内していると、どうもリリーは以前王都にいたような感じがする。ムラタァも同意見のようで、「ねえ、リリーさんってどういう経歴の人なの? だって、作法やマナーはハイレベルで、村出身とは思えないし。それに昔の王都を知ってるようだし……」
そういえば、リリーはルッテンベルクの領主館のメイド頭、というかダンヒーリー・ウェラー亡き後、一向に戻ってこないコンラートの代わりに今も館を維持管理している、実質的な館の主としか知らない。

2日目、血盟城へと昇る坂道の途中で馬車を止め「どうだい、ここからの景色が一番良いんだぜ」
「あらまあ、本当に良く見えるねぇ」身を乗り出して眺めているリリーの様子は、初めて見た喜びというより、どこか懐かしげに見える。
俺一人だけならこのまま真っすぐ城門に行くのだが、今日は見学者を連れているので脇の通用門へと進んだ。

門番に名前を告げ、同行する見学者の身元証明書を見せ、後は俺の裁量で案内することができる。なにしろ、俺はこの城の非常勤警備長官補佐だからな。
本来の『血盟城 見学ツアー』は事前予約必須、城の前庭と南棟の一部、中庭を通って北棟の大広間、脇の外庭を通って門に戻るガイド付きツアーで、王都を観光する臣民にとっては外せないものだ。
陛下自身は「もっと自由に来て、見てもらって良いんじゃなゃね?」と云うが、まっ、そういう訳にもいかない。

案内して回ってると、普通云われる「すてきね」とか「豪華だわ」以外に「あらっ、この壁紙は……」とか「今はこうなって……」とか。こんな台詞を聞いたら、俺じゃなくたって、どう考えても初めて登城したとは思えない。
「なあ、リリー。云っちまえよ、あんた、城にいたんだろ?」
「まったく。どうして悪ガキだったお前にお城勤めできるんだろうねえ。ああ、疲れた。どこかで少し座らせとくれ」
見回すと東屋の屋根が見える。俺が猊下に告白した思い出の場所なんだが……、でも秘密の話をするには一番近い。

「さて、どこから話そうかね」
ソファーに身を任せたリリーは目を閉じ、昔を思い出して語り始めた。
「私はシュピッツヴェーグ領の下級貴族の出でね、一通り行儀作法を教わった後はツェリ様の小間使いとしてお屋敷に上がったんだ。ツェリ様は年の近かった私をまるで妹のように可愛がってくださってね。
ツェリ様が社交界にデビューしたてのある日、血盟城で開催された舞踏会で先代のフォンヴォルテール卿に一目ぼれなさったのさ。
軍隊一筋でお年を召した先代様は戸惑われていたけど、ツェリ様が愛に一筋ってのはお前だって知ってるだろ? 結局、押し切られるように結婚し、グウェンダル様がお生まれになった。
ところが、グウェンダル様がまだお小さい頃に先代様が急病でお亡くなりになると、ご親戚の方々はグウェンダル様を次の領主としてツェリ様から取り上げ、「まだ若いし、再婚された方が幸せ」と、お館からツェリ様を追い出してしまったんだよ。
ツェリ様はあの通り愛情深い方だから、その悲しみといったら……。
その後、第26代魔王陛下となられて、うかつにお相手を決めることも難しくなって──」
「ちょっと待てよ。だったらどうしてダンヒーリー様と結婚できたんだ?」
「もちろん、皆様は反対だった。魔族でもない、どこのだれとも分からない上に人間だったからね。でも、眞王陛下にお伺いを立てたら『相応しい相手』って神託があって、だれも反対できなくなったんだよ。まったく無名のものとでは釣り合いが取れないって理由から、十貴族会議でダンヒーリー様に結婚祝いとして『卿』の称号と、魔王直轄地の中でも一番僻地のルッテンベルクが贈られたんだ。
結婚後お二人は城下のシュピッツヴェーグ館に住まわれていたけど、コンラート様がお生まれになった頃には大シマロンとの小競り合いが頻発。魔王の勤めを疎かにしていたとツェリ様を非難する声が広まると、ダンヒーリー様はコンラート様に称号と領地を相続させて、身を引かれたんだよ。
私はツェリ様からルッテンベルクに移られたダンヒーリー様の面倒を見て欲しいって頼まれて、……それからずっとお館を守っているのさ」
語り終わったかに見えたリリーは、ニヤッと笑って俺に訊ねてきた。
「ムラタァさんの急病は仮病なんだろ?」
「何云ってんだよ。本当に──」
「見損なうんじゃないよ。人を読むのはお前だけってわけじゃないんだからね。髪は白くなったし、色付きガラスで目の色をごまかしたって私は覚えてる。ムラタァさんは昔、陛下と一緒に村にいらした『あの方』だね? だから、お城には来られないんだろ?」
「リリー……」
「安心おし。例えそうであっても、今更どうこういうつもりなんかない。お前とムラタァさんが幸せならそれでいいよ」
「あっ……そう」
「大切にしておあげ。人間の時間は……短いんだから。さぁーて、ムラタァさんは心配してるだろうから、そろそろ帰ろうかね。それと、今日の話は──」
「内緒だろ? 分かってるよ」

食材を仕入れて帰ると、ムラタァは元気に出迎えてくれた。
「あれ、リリーさんは?」
「具合が悪いのに気遣いさせちゃ悪いし、ちょうど古い友達と会ったんで、夕食はその人と食べるって」
「ええーっ!? 仮病がバレなかったのはよかったけど、招待したのにこれじゃあホストとして申し訳ないよ」
「滅多に来ない王都で友達と昔話ができるってのも俺たちが招待したからでしょ。もし足りないと思うなら、来年の魔王陛下降誕祭にまた招待しましょうよ」
もちろん本心からではなく、ガッカリしてるムラタァを喜ばせたくて出てきた思いつきだ。
「うん、そうしよう!!」

4日目の朝。宿屋で一緒に朝食を食べながら来年の招待を聞いたリリーは「それは有り難いわ。昨日会った友達以外にも王都近隣に何人かいるんですって。また来るってみんなに手紙を書かなきゃ」と喜んだ。
そうして、来たときと同じように俺は荷物持ちに徹してターミナルまで二人の後を歩き、帰って行くリリーを見送った。
「リリーさんもあんなに喜んでくれたし、ヨザック、僕は今度こそ完璧にホストを務めるよ」
「ムラタァ、今からそんなに力をいれなくたって、あと半年あるんだからゆっくり案を練りましょう」
さて、二人が喜ぶとはいえ、来年の招待費用を捻出するには内職を増やさなきゃいけないし、そうなるとムラタァと一緒にいる時間は減るし……。
毎年の恒例にならなきゃいいな。

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