「あ」
書類にサインしていた僕の手から、愛用のペンが不注意から滑り落ちた。
それは石が敷き詰められた床に到達すると、軽い音をたてながら数度跳ね上がり、机の下に転がった。
「うあちゃー」
かなり盛大に跳ねたので、インクが零れているかもしれない。
急いで取ろうとすると、後ろに控えていたヨザックが僕を制止した。
「ああ、猊下はそのままで。オレが取りますよん」
そう言って、僕の足元からテーブルの下へと潜り込んだ。
ムキムキの身体にその空間は狭いだろうに……そう思っていると、ゴッという音が響いた。
それと同時に、地震かと思えるほどの振動が起こり、悲痛な叫びが聞こえた。
「いでえっ」

……頭、ぶつけた?

あまりにもお約束な展開に、思わず笑いそうになった。
いかんいかん、僕の代わりにペンを取ってくれたのに……この音は絶対痛いだろうし、笑うのはあんまりだ。
僕は懸命に笑いを堪え、ヨザックに何か言葉をかけようと下を覗き込んだ。
すると。

「げーかーぁ、頭ぶつけちまいましたー」

頭がヒットしたであろう場所に座り込み、涙目になりながら後頭部をさするヨザックが、そこにいた。
さらに、困ったように僕を見る目。
まるで大型犬のようじゃないか。
「ぷっ、はは、あははは」
しまったと思ったが、時既に遅し。
僕は、盛大に吹き出してしまっていた。
「ひどいわぁ猊下! すっごい痛かったんですよ!」
「ごめん、分かってるんだけど……ふふっ」
さすりすぎて荒波のようになったオレンジの髪が、僕の笑いを止めさせてくれない。
あ、笑いすぎて涙が出てきた。
メガネを取り、指で涙を拭っていると、僕とほぼ同じ仕草でヨザックも涙を取り去ろうとしていた。
「泣くほど痛かった?」
「ええ、そりゃもう。目の前に星が瞬くほど痛かったですからね」
そう言って、プイとあちらを向いてしまった。
不可抗力とはいえ、悪いことしちゃったかな。
「笑っちゃってごめんねー」
僕は、心配する素振りも見せずに笑い出してしまったことを謝りながら、イスから降りてテーブルの下に入り込んだ。
そして、髪を整えるようにヨザックの頭を撫でた。
何度か撫でた頃、彼は僕のほうに向き直った。
「忘れてました。猊下、こちらを」
差し出されたのは、僕が落としたペンだった。
「ああ、そうだったね。ありがとう……うわ」
受け取ろうと手を伸ばすと、手首を掴まれた。
全く無防備の状態だったため、僕はつんのめったように胸に飛び込んだ。
そして、思い切り抱きしめられた。
「ちょ、なにっ……」
驚いて立ち上がろうと足に力を入れたところで、気がついた。
しまった、ここテーブルの下っ……!

ガッ

「~~~~~っ!!!」

僕の頭が、テーブルを突き上げた。
声にならない叫びを上げる僕を、ヨザックはがっちり抱きかかえた。
「うわっ今の音は痛いですよ、大丈夫ですか猊下!?」
そう言ってペンを投げ捨て、僕の頭をがしがしと遠慮なく撫でてきた。
撫でられるというより揺さぶられるという表現の方が合っているような。
「痛い痛い、その撫で方は余計に痛い……っていうか気持ち悪くなる……」
だけど、必死になっているヨザックの耳には聞こえていないらしい。
ううえええ、頭を打った人を力いっぱい動かすのはやーめーろー。

右と左を何往復もさせられたが、痛みは何とか治まった。
「ヨザック、もう大丈夫だから」
「本当ですか?」
「うん」
頭頂部が若干盛り上がっているような気がしないでもないけどね。
とにかく、記憶が飛ぶとか偏差値が大幅ダウンとかいう憂き目には遭わずに済んだようだ。
「これ、思ってたより攻撃力高いよね」
僕はテーブルを見やりながら、ぼそりと呟いた。
すると、ぼくより先にダメージをくらっていたヨザックが話に乗ってきた。
「そうなんですよ、案外硬くてびっくりしました」
今後は油断できませんねーと言う彼を見ていると、なぜか笑いが込み上げてきた。
「ああっどうしてまた笑い始めるんですか猊下……」
「分かんないっ……ふ、ははっ」
「もしかして打ちどころが悪かったとか!?」
「あーそっか、けっこうすごい音がしたもんねー……ぷっ、あはははは!」
「ぎゃーっ猊下がおかしくなったー!」

たった一本のペンが落ちただけなのに。
気がつけば拾うこともせずに抱き合ってるのが面白かったんだ、きっと。

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