ちょっと親分、しょうがないじゃないですか。そんなに怒らないでくださいよ。
それに、相手の顔立てて『ウェラー卿の副官』が行く、ってだけの話だったじゃないですか。そもそも隊長が行くべき仕事でしょ!?
まあ、陛下がいらっしゃる間は他の仕事なんてしないでしょうけどね、あいつ。

本当に何しでかすか分からない人なんですよ、予測不可能なんです!
ちっとも風呂から出てこないなーと思ったら、あの人、何やってたと思います?
風呂掃除ですよ、風呂掃除!風呂入ったついでに、素っ裸のままで!
なんでも、どこかの貴族が贈ってきた高級液体石鹸こぼしたのが勿体無いとかいって、そのまま古い歯ブラシ片手にタイルの目地をゴシゴシしていたんですよ!そりゃ風邪もひきますよ。

しかもね、あの人、生存本能が薄いんですよ!ほっとくと寝ないし食べないしずーっと本ばっかり読んでるんですよ。熱もあるのにベッドに入ったまま。
え、本くらいいいだろうって?
だって、こーんな分厚い本ですよ?俺だったら余計熱が出ちゃいますよ。
しかも『下向いたら吐く』って言って、上向きで読むんですよ。あの細腕であんな重たそうな本持ち上げてるんですよ?
ええ、そうですね、好きなことしてる時ってすごい能力発揮するもんですよね。坊ちゃんもあの細っこい体で親分以上に食べますもんね。あ、それとは違いますか?
でもね、皆さんご存じないでしょうけどね、猊下は不器用なんです。刃物なんて絶対持たせちゃ駄目なタイプです。だからどんなに頼まれても剣術とか教えないでくださいね?
そうそう、本ですよ。
何しろ顔の上で広げているから...案の定、捲るときに手を滑らせて顔面強打。眼鏡って意外と丈夫なんだな、って初めて知りましたよ。
猊下は鼻打ちましてね、まあ、鼻血は出しませんでしたけど『よくあることだ』なんて強がっちゃって...
あれ、痛かったと思いますよ?
『よくあるんなら止めてください!』って頼んだんですけど、それなら君が音読しろ、なんて言うんです。
ええ、勿論読んで差し上げましたよ。『都市再生期における産業構造の変化と課税制度』っていう本。
5時間もかかるし内容は難しいしで疲労困憊...

で、気がつくと猊下もぐったりしてるじゃありませんか。
確かめてみたら熱出してるのに水も飲んでないんですよ!
あの人、絶対に付きっ切りの看護師必要ですって。

いや、俺だって今日は仕事だし、戻ろうとはしたんですよ?
でもね、そうしたらあの人、急に『僕を置いて行っちゃうの?』なんて甘えたこと言うんですよ。
そりゃあもう効果音が聞こえるくらい『きゅるん』って感じで。さっきまで声枯れるまで本読ませといて『声が小さい』『ちゃんと読め、バカ』とか言っていたお人が。
でね、急に昔話するんですよ。

...僕が子どもの頃にね、うん、グレタちゃんくらいの頃かな。公園の植え込みの中にダンボール箱が押し込まれているのに気がついたんだ。
中からはミィミィって声がしてた。誰かが仔猫を捨てたんだ。
可哀相だったけど、僕の家は動物飼えないから、せめてもうちょっと人目に付く場所に置いてやろうと思ったんだ。
それでツツジの潅木の下からひっぱしだして...真っ黒な仔猫だったよ...撫でてあげたんだ。撫でている間だけ鳴きやんでいたけれど、僕が立ち上がるといっそう鳴くんだ。置いていかないで、って。
でも、僕は拾えないし...僕が捨てたと思われても困るし...耳をふさいで歩き出した。
そうしたらキキィーって背後で自転車のブレーキの音がして...振り返った僕が見たのは、さっきの仔猫が歩道で自転車に轢かれた姿だったよ...。
きっと、僕の後を追おうとして、箱から転がり出たんだろうね。可哀相なことをしたよ。こんなことなら半端に手なんか伸ばすんじゃなかった...

って、閣下が泣かないでください!!
とにかく、そんな話をした後にもう1回『僕を置いて行っちゃうの?』なんて言われたら、そりゃ戻ってこられないでしょう!?

え、もう隊長が出発したんですか?そりゃあ後が怖いですねえ。
でも、それなら俺はもう眞王廟に戻ってもいいっすね。あの人、おかゆ食べさせてあげないと拗ねちゃうんですよ。それに夜は添い寝して差し上げる約束なんです。見張ってないと、夜も本読みますしね。

「...お前たちは、その、どういう関係なのだ?」
「はい?大賢者様と臨時護衛ですが?」
「......もういい。行け」

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