ずっと一人で歩んできた道。

ガタガタと音を立てて揺れていた馬車が、ゆっくりと速度を落とし、止まる。
「…猊下、到着しました。」
どうしても側に置いてくれと煩くて、仕方なく連れて来た護衛の声が扉越しに聞こえて、僕は大きく深呼吸をした。心を落ち着けて、しっかりと頷く。
「…うん。」
そう大きくはなかった僕の声に応じるようにゆっくりと開いた扉の向こうで、護衛が無表情のまま軽く頭を下げていた。その後ろに見えるは血盟城。いつもより重苦しい雰囲気が漂っているように感じるのは、ここが、今後の僕の処遇を決定する場所だからなのだろうか。

今日僕は裁かれる。
魔王陛下を謀り、その身を危険に晒した罪で。

眞王の魂に封じていた『創主』を屠る。
それは『双黒の大賢者』の魂を持つ者として、どうしても果たさなければならない務めだった。その為に、巡る時の分だけの記憶を抱えて、終わりの見えない日々を過ごしてきたのだから。
例え裏切り者と罵られても、あれが唯一のチャンスだった。親友を騙してでも、あの時を逃す事は出来なかった。
だから後悔はしていないし、こうなっても仕方ないと思っている。
『オレがいいって言ってんのに、どうして村田を裁かなきゃならないんだよ!』
そう言って怒ってくれた渋谷には感謝してる。
『…そう思っているのはお前だけではない。』
眉間に皺を寄せてため息を吐くフォンヴォルテール卿にも。
『我々としても、どうにかして回避しようと力を尽くしたのですが…』
辛そうに目を伏せるフォンクライスト卿にも。
『母上も出来る限りの手は打ってくれたんですが、上手くはいかなかったようで。』
『まだ諦めないぞ!僕がもう一度叔父上を説得して…!』
ウェラー卿にも、フォンビーレフェルト卿にも。

でも、いいんだ。これで、いい。
誰かが悪者にならなければならないのなら、僕がなればいい。
ずっとそう思ってきたし、実際僕のした事は裁かれるべき事なんだから。

渋谷の意向がどれだけ反映されるかはわからないけれど、それでも一応僕は『双黒の大賢者』という立場だ。本来なら死刑にされても文句は言えないけれど多分それはないだろう。
国外、または異世界追放か。それとも一生牢に繋がれるか…
―― 鞭打ちとか、労働刑とかは勘弁して欲しいかな…
そんな事を考えながらもう一度大きく息を吐いて、馬車から降りる為に腰を浮かせる。すると目の前にすっと差し出される大きな手。
「…何?」
「足元が危ないですから。」
「僕は足腰の弱いお年寄りか?」
「違いますけど、オレが心配なんで。」
笑顔で更に手を差し出してくる護衛をじろりと睨む。でもそれくらいで引くような護衛ではなくて。
「ほら、猊下。」
更に手を突き出してくる護衛に、これ以上拒否したらそれこそお姫様抱っこでもしかねない雰囲気を感じて、僕は渋々手を差し出した。途端に握られる手。
「…それにしても、わざわざ眞王廟からここまで馬車を使わせるとはね。逃げ出すとでも思われてるのかな?」
護衛に手を引かれて馬車を降りながら自嘲気味にそう言うと、護衛は肩を竦めながら答えた。
「双黒の大賢者様に敬意を払ってるつもりなんじゃないですかね?こんな風に呼びつけといて今更、とは思いますが。」
いつも以上に険のある物言いに、思わず苦笑する。今回の件を一番腹立たしいと思ってくれたのは彼かもしれない。
「大体、猊下がこんな風に裁かれんなら、オレだって同じでしょうよ。眞王陛下と双黒の大賢者様の肖像画をぶった切ったんですから。」
「それは向こう一年間の減給って事になったんだろう?」
「坊ちゃんがそれでいいって言ってくれたからですよ。猊下の事だって、坊ちゃんがいいって言ったんだから周りがあーだこーだ言う事ないでしょ?」
それなのに…とぶつぶつ文句を言う護衛の自慢の上腕二頭筋をポンポンと叩いて、僕はにっこりと笑った。
「いいんだ。こうなるんじゃないかとは思ってたし。本来ならその場で処刑されたって文句は言えなかったんだから。」
そしてゆっくり血盟城を見上げる。

遥か昔、何を犠牲にしてもと心に決めた誓いを。

「ようやく果たす事が出来た。それだけでいい。」
僕はそう呟いて、護衛の手を離した。が、すぐに再び握られる。
「何?」
ちょっと驚いて護衛を見ると、いつになく真剣な眼差しが僕を見つめていて。
その強い視線に、絡め取られたような錯覚に陥る。握られる手が何だかやけに落ち着かない。
「何だよ、離せってば。」
「…アンタばかりがどうして…」
護衛はそう言いながらため息を吐くと何故か馬車をちらりと見た。
「折角なんで、期待に応えてみます?」
「え?」
突然言われた言葉の意味がわからなくて思わず聞き返す。護衛は楽しげな口調で更に続けた。
「坊ちゃんには、もし猊下がそうしたいなら構わないと言われてますが。誰にも追わせないように、魔王としての権力を使えるだけ使ってやるって。」
「は?」
護衛は馬車を指差しながら、片目を瞑った。

「オレと一緒に、逃げてみます?」

突然何を言い出すのかとあっけに取られて護衛を凝視すると、まるで悪戯を仕掛けた子供のような表情をしている。僕はわざとらしくため息を吐いて、肩を竦めて首を振った。護衛の瞳の奥にほんの僅かに滲む、本気の色には気づかない振りをして。
「…逃げる気なんかないよ。何言ってんのさ。」
「だって、こんなの理不尽でしょ?坊ちゃんからの許可ももらってますし~、二人で愛の逃避行!なんてどうです?」
「馬鹿か、君は。僕らの間に愛なんて存在してないじゃないか。」
「え~?これから芽生えるかもしれないのに~。」
「何で仮定の話を前提に逃亡生活を送らなきゃならないんだよ…」
呆れて握られた手を振り解こうとしたけれど、逆にしっかりと握り締められて。
「だから、離せって。」
「離したら行っちゃうでしょ?」
「当たり前だ。その為にここまできたんだから。」
「ええ、確かにそうですけどね。でも、猊下はすぐに一人で抱え込んじまうから心配なんですよ。」
だから無理言ってここまでついて来たんです、そんな事を言い出す護衛に思わず苦笑する。
「抱え込むも何も、渋谷を危険に晒したのは事実…」
「だけど!」
僕の言葉を強い口調で遮った護衛は、気持ちを落ち着かせる為か大きく深呼吸をしてから静かに話し出した。
「もし他に方法があったのならアンタはそちらを選んでいるはずだ。でも、あの方法しかなかったんでしょう?悩んで悩んで、それでもああするしかなかったからわざと憎まれ役を買って出たんでしょう?オレには、アンタが全ての罪を一人で被ろうとしているように見える。それが…悔しいんです。」
僕の手を握っているのとは違う方の指が、僕の前髪をさらりと撫でる。
「周りを見渡せば手を差し伸べている者がたくさんいるってのに、アンタはそれを見ようとしないから。」

ずっと、一人で歩んできた道。
その終焉を見届けるまで、ずっと一人だと思っていた道。
一人だと思わなければ、歩めなかった道。

「辛い時は誰かを頼っていいし、何もかも自分だけで背負い込む事なんかないんです。一人じゃないんですよ、猊下。アンタは一人じゃない。」
護衛は優しく僕を見つめて、まるで子供に言い含めるようにゆっくりと言葉を続ける。
「これから何が起こっても、それだけは忘れないでください。」
握り締める手が僅かに緩んで、もう一方の手が僕の手を包み込むように重なる。
―― 誰かを、頼る?
それは僕にとって誓いを放棄する事と同じなのに、その眼差しと掌の温かさに心が揺れて、僕は慌ててその手を振り解いた。

僕の心に触れてくるな。
この手よりも深い所へ触れてこないでくれ。
僕はまだ一人でいい。
誰かに縋ってしまっては、誓いを果たせない。

護衛は少し驚いたような顔をして、でもすぐにその表情が苦笑に変わって。
「…では猊下、参りましょうか。」
再び表情を消した護衛が、軽く頭を下げて僕を促す。僕はピンと背筋を伸ばすと、まっすぐに前を向いて歩き出した。この魂に刻まれた誓いの全てを終わらせる為に。

でも。

振りほどいた手はまだその温もりを覚えていて、僕は、僕の弱さに舌打ちしそうになる。
まだだ。まだ終わっていない。
その結末がもたらす何もかもをこの身に受けると、遥か昔に誓ったのだから。

だからどうか、どうか。


何をリクしようか考えていた時見ていたのが、邦題「ランジェ公爵夫人」。
でも訳す前のタイトルは「NE TOUCHEZ PAS LA HACHE/DON’T TOUCH THE AXE」
直訳すると「斧に触れないでください」ですが、内容は《無骨な将軍(ヨザ)をもてあそびながらも、気付くと運命の愛から後戻りできなくなってしまう女性(健ちゃん)》と妄想できる、なかなかな内容でして(苦笑)
で、「HACHE/AXE」を「手」に変え、コスチュームプレイ(時代劇って意味ですよ)らしく少し古語っぽくしたわけです。
とっても素敵なヨザケンを書いてくださった刈谷様、ありがとうございます!!

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