拘束が厭なのでは無く、ただ、終わりが見えるこの時間と、焦がれる事に麻痺した気持ちが苦しいだけ。

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久方ぶりに与えられていた長休暇も今日で終わる。

大っぴらな仕事人間では無くとも、ここ数ヶ月で忍び歩いた村と飛ばした簡易報告書は数知れない程で、少数精鋭を謳っている訳でもない諜報部隊の多くの顔ぶれを思い浮かべては、自国の水面下活動の活発さを改めて思い知った。
誰しもが胸に大事な何かを携えて、自身を疑る事無く省みる事無く、死の、そのすぐ隣にある平和と安息を得ようと身を投じ、心を一度、殺す。
諜報活動において一番不要なものは人としての豊かな感情で、ただ機械的に状況を脳内で捌いていく事が任務の確実な遂行に、ひいては自身の生存へと繋がっているから、皆迷う事無くその瞬間だけはある種、情の骸と化した。

この胸に、不動の場所を築くあのひとの事さえも、オレは消して。

抱いたり抱かれたり、時折殺して奪ったり。仕事だと何だと託けて、世の負を凝縮したような行為を何食わぬ顔でこなす自分のその穢れきった胸中に、本当に大事なひとを同居させたくなくて、国を発った瞬間からいつだって独りのままでオレは居た。
そして、誰と交わした約束で無くとも生きて帰れば迎えてもらえ、そうやって帰る場所を与えられた事は純粋に嬉しいに違いないがどうしても、数ヶ月の不在で埃の溜まった自室に帰って来ると、この手で触れて、抱き寄せて―そして何度も胸の内から消した彼のひとに、どうしようもなく焦がれてしまう。

会いたい時に会えない事が、生きていく上で何とも些細なその不自由が厭わしくて、振り回されるならいっそ、待ち侘びる事はもうやめて降ってくる必然だけを選っていようといつしか、決めた。

なのに。

「ぉわ!!」

額のとある一点に感じ取った痛みで目の前に居る少年へと意識が戻る。
特筆した感情を浮かべるでもなくこちらを見詰めてくるその瞳は丸く開かれたままで、薄い硝子を隔てても尚、曇る事無く艶やかだった。
眼前にあった手がそっと離れゆくと、今度は流した前髪を梳かれる。

「あ、ごめん。痛かった?」
「痛いに決まってるじゃないですか!おでこなんて鍛えられるトコじゃありませんよ!もー……急に何すんですかぁ」
「んー…君の額って、そのチラッと見える感じが堪らなくってね。ちょっと、触れたくなった」

エー…なら普通に触れてくれりゃいい事でしょうに。
細い指先であったとしても突然無防備でいる所を弾かれると結構ひりつくもので、赤くなってる、としみじみ零す貴人の顔がだんだんと近づいては今度は頭突きでも食らわせるつもりじゃなかろうか、と無駄な勘繰りをしてしまいほんの少し、目を細めた。

「……………僕と居るの、嫌かい?」

苦笑いを浮かべながら言われ、心外なその一言に、まるで頬をひっぱたかれたような気分になる。

嫌な筈がない。

どれだけの期間離れていたか思い出せない位に、身を置く世界を互いに違えて。
期待に胸躍らせてなんていう帰国時の心持ちはもう抱けなくて、あなたが居ない国を、城を、日々を当たり前だと捕らえ始めた弱い想いが漸くあなたを 見つけたんですよ、嬉しくって天にも昇るーってヤツです。
何も休暇の最後の日に、とは思っても限られた時間さえ今は広やかで自由に感じられ、久方ぶりに凱旋された大賢者殿をめいっぱい可愛がろうと決めていたのだが、如何せん、夢かと思える程に甘い戯れを数ヶ月も前にしたきりだった身体はフワフワしたまま現実味を帯びていかない。

結局、あなたに会えて嬉しいというより、驚きの方が勝っている状態って事なんでしょう。

眞王廟から血盟城へおいでになった時のあなたの、まだ濡れたままだった黒髪がすました表情とまるでそぐわず、 間を置かずに会いに行くという自身の行動に対してかそれとも純粋に久方ぶりの再会に対してか―ほんの少し照れたように口許を曲げてオレの名を呼んだあなたがあまりにも可愛かったから。

そんな風に近づいてくれるひとと、明日には離れなければならないのだと思うと自然に情動は鎮まり小さくなって。
冷静に、今は目的地までの地理を把握しとかなきゃだよなとか、荷も全然造ってないなとか、共に居る筈の貴人に失礼千万極まりない程、頭の中が乱れ、しかし静かになっていく。
ハッキリ口には出さずともそれをこの聡い少年は微かに察し、年齢にそぐわない丁重な態度でもってバカなオレに譲歩してくれる。

「ずっと…会いたかったですよ」

例え心から消せても、身体が、熱に浮かされる位。

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