(俺はいつからこんな臆病者になったのだろう。)

「猊下、ちゃんと暖まりましたか?」
「うん」

まだまだ寒い季節だというのに、今日も陛下と猊下のお二人は噴水からご登場だ。
まずは湯殿で温まってもらって、その間に濡れてしまった荷物を乾かすのもすっかり俺の仕事。

「教科書、ちょっと濡れちゃったな」

卓子の上にタオルを敷いて広げられた本や帳面を見て苦笑する猊下が、ふやけた包装紙の薄い箱に手を伸ばす。

「これ・・・中身は大丈夫かな」
「もらい物ですか?」
「うん」

深緑色の包装紙に赤いリボン・・・きっと女性からの贈り物だ。

(最悪を想定して行動する癖は、確かに諜報員には必要なもの。
それはどんな危機に直面したときにも、俺に精神的余裕を与えて生き残る可能性を高めてくれた。)

「もしかして、お誕生日でしたか?」
「違うよ。チョコだよ、バレンタインチョコ」
「ああ・・・あのチョコレートを贈って愛の告白をするっていうイベントですか」
「うん。ま、これは義理チョコだけどね」

そういう彼のそっけない表情に嘘はない。

(最良を手放すことで最悪を回避する術は、卑怯といわれようと・・・底辺を生き延びる為には確かに有効な手段だった。)

「えぇ~、猊下に受け取ってもらえるんなら、グリ江もチョコ贈っちゃおうかしらん」
「え」
「日頃お世話になっていることですしぃ」

ふざけることで逃げ道を残しつつ、相手の反応を伺う。

「あ・・・そう。それも一種の義理チョコだよね」
「義理チョコなら受け取っていただけます?」
「もちろん。グリ江ちゃんなら大歓迎」

大歓迎、と言いながら後を向いてしまった猊下の表情が読めない。

(何も考えずに突っ走れるときはまだ良かった。
守るべきモノも敵の姿もはっきりしていたし、そのための手段も単純なものだった。)

「で・・・お返しは要るのかな、義理チョコの?」

振り返った猊下の口調は、表情に反して・・・なんかトゲトゲしい。

「いえ、お返しだなんて、そんな・・・」
「じゃあ、もう寝るから」
「あ・・・はい、お休みなさい」

もしかして、しくじっちゃいましたか、俺!?

(血統も地位もない俺たちの旗印となって、まっすぐに道を示してくれた男もいた。
幼馴染でもある彼を信じて、ただその背中を追っていけばよかった、あの頃は。)

「たいちょ~、チョコ余ってませんか・・・って?」
「よじゃぁ~、何しに来たんだ、ごらぁ」

今から手作りしていたんでは間に合わないと思い、きっと材料を大量に持っていそうな幼馴染の部屋を訪ねると。
そこに居たのは立派な酔っ払いだった。

「いや、チョコレートとやら余ってないかと・・・あ、やっぱり大量に残ってますねえ」
「なんだとぉ!チョコがどうした!・・・・うぅ、ゆーりぃ・・・」
「うわ、嫌な酔っ払いだな。どうしたんですか」

もう100年近くの付き合いだが、コンラッドが泣き上戸とは知らなかった。

「ゆーりが・・・俺のチョコ・・・うぅ」
「受け取り拒否されたんですか!?」
「ちがう!!」
「じゃ、受け取ってもらえたんですよね?あー、ビックリした。あの坊ちゃんが食べ物受け取らないなんてありえませんよ」
「ああそうだ、もちろん受け取ってもらえたさ!『あんたまで気を使うことないのに~』って!」
「・・・」
「俺の本命チョコ!俺の愛の結晶が!山積みのその他大勢どもからのチョコと一緒にされてしまった!」
「・・・」
「なあ、ヨザ。なんで・・・なんでかなあ?」
(しかし、最近のこの男は反面教師的にしか道を示してくれそうにない。)

「と・・・とりあえず、これ余ってんだろ?貰ってくわ!じゃ!」

今までの手法は通用しない。お手本になりそうなヤツも存在しない。1から10まで自分が頼り。

まあ恋なんてそんなもの。

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