「あ~あ、一足遅かったか…」

閣下の野暮用で城下に行っている間に、猊下がこっちの世界に来られたと、すれ違った同期のやつに聞いた。
『ふうん』と興味なさげに答えたものの、内心、俺は心底浮足立っていた。

『あれ、取ってこねぇとねぁ…』
頭の中だけで考えれば良いことを、ワザワザ口に出してしまっていることさえも、自分の声を耳にしてから気づく始末だ。

使いで城下に向かう度に立ち寄るのが、もう癖になった古本屋で、猊下が以前探していた古書を見つけたのはついさっき。
生憎、使いの途中だったことと、その本を手に入れるには幾分か金が足らず、取り置きだけで済ましてきたのだ。
世辞にも、本なんて読みそうもない俺の容貌だが、普段から猊下のお供で訪れる店だから店主は顔を覚えていたのだろう。
合点がいった風に頷くと快くとり置いてくれることを約束してくれた。

だが、帰還の吉報を胸に急いで再び城下へと出向いて、取り置いてもらっておいた本を購入し、生き急ぐかのように訪れた眞王廟の猊下の私室では、もう既に彼の人は夢の中だった。

「驚かそうだなんてせずに素直に先にこっちに来ればよかったな…」

これで、猊下に会えるのは明日へと持ちこされてしまう。
やはりそれは至極残念で。

額から流れる汗を拭って、大きなため息と共に、どさりと乱暴に寝台の脇に腰を下ろす。
しかし、聊か乱暴すぎたせいか予想外に大きな音を立ててしまった。
起こしてしまったかと自分の浅はかな行動を悔いたが、猊下はまだぐっすりと眠ったままだった。

一人で眠るには充分すぎるほど大きな寝床なのに、いつもと同じように隅で小さくなって。

…これは、この人の癖だ。

だが、俺はこの姿を何度見ても慣れることはなく、いつも一人で眠る猊下を見るたび、何故だか俺はこの人を守らなければと強く思うのだ。

…改めて感じる。

どうしていたって、離れていたって、ふと任務を降りれば、俺は全てが猊下中心なのだ。

俺が、こんなにもアンタに振り回されてることに、ちょっとは気付いてるんですかね?

そんなことを考えながら、見た目よりも実際は柔らかい癖のある髪に指を通し、隠れてしまっていたその瞳を露わにする。

全く、人の気もしらないで。
気持ちよさそうに寝てらぁ…

「………ッ…」

何度か髪に指を梳き入れていると、猊下がもぞもぞと寝返りをうつ際にわずかに声が聞こえた。

ヤベっ…起きちまったか?

「………ッ…」

再び聞こえる声。

……?

微かすぎてはっきりとは聞き取ることは出来なかったが、でも、今のはたぶん、……?

ヤバい。

ニヤついてしまう。

・・・・・寝言で呼ばれるなんて。

顔が熱くなるのが止められない。
きっと俺は今真っ赤だ。
思わず眼を瞑って、掌で顔を覆う。
深呼吸だ、落ち着け、俺。

もちろん、寝顔を見るのは初めてじゃない。
それどころか、寝顔なんて目じゃないほどに艶やかな顔を何度だってもう拝んでいる。

それでも…

今度は、はっきりと聞こえる。

「ヨザ…ッ」

全く…
こんなにクルとは思わなかった。
解らずやっているんだから相当タチが悪い。

無意識に名を呼ばれて自分が予想以上に動揺してしまっていることに驚いた。
馬鹿な程に早鐘をうつ自分の心臓を疎ましく思う。

あ~も~!!

ただ、呼ばれただけ。
しかも、ただの寝言だ。
どんな夢なのかさえわからない。

…それでも、こんなにも嬉しいだなんて。

この人の頭の中に俺が存在している。

あ~バカだ馬鹿だ。
俺の世界は猊下中心で動いている。
そんなことは百も承知で。

「寝てても俺を翻弄するんだから、アンタ相当タチが悪いですよ」

夢の中の俺にちょっとだけ嫉妬する。

明日の朝には俺のことだけを呼んでくれるだろうか?

どうか、俺と居る夢が幸せな夢でありますように。

そんな勝手なことを思いながら、小さくなって眠る愛しい人の髪にそっと口付けた。

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