まったく、どうしてくれようか。
ああ…でもくっついている胸は、この腕の中はどうしようもなく心地よくて。
離れられっこないよ、こんなの。

── 唯一の魔法 ──

夕暮れに染まる前から、城には来客の馬車がひっきりなしに到着し始めた。
『本日は魔王陛下主催』の舞踏会。勿論企画したのは親友ではなくて、菫色の瞳をした王佐閣下だ。愛しい主君の舞う姿が見られれば、あわよくば自分がその相手にぃ?!!と妄想を大爆発させている姿を昨日うっかり見てしまった。
相変わらずツユダクな人だな…とその場はお邪魔せずにそっと扉を閉めてあげた。うん、僕ってば良い人?

なのにこの現状はどうだ!?

高みの見物を決め込んでいた筈の大賢者用の座の前には、次から次へとむさ苦しいオジサマや香水臭いオバサマがやってくるし、苛ついて(無論顔面には微塵も出してない!)無意識に後ろを伺ってもキミの姿なんか欠片もない。
当然だ。

キミはまだ異国の空の下にいる。昨日届いた白鳩便の文面には『砂でジャリジャリ!グリ江、お肌が心配?!』としか自分の事は書いてなかった。そりゃそうだ。
任務優先なことくらい、仮にも『大賢者』である僕が弁えていないなんてキミは微塵も思っていない。僕が許さないなんて関係なくキミは超優秀な諜報員。

そこまで理解していても淋しいってどうなんだ?

理性と感情の狭間で揺れているこの気持ちは村田健のものだ。たった一つキミへ、ヨザックにしか向けられていない貴重品だ。大事な大事な僕の魔王である渋谷にだってこんな気持ちを抱いたことはないよ。

暫くしてとうとう僕はキミがいない淋しさと、毒はある癖に重みのない言葉の虚しさに耐え切れなくなってバルコニーへと避難した。

ひやりとした空気に頬を撫でられて初めてようやく一つ息を吐くと、詰まっていた何かが少しずつ抜けていくようで呼吸が少し楽になる。胸に一番奥に留まったままの淋しさは消えないけれど。

これを消せるのはキミ一人。

切ない気持ちを持て余して目を伏せた僕の視界に白く濁る自分の吐息が映る。
広間の賑やかさは背を向けた僕にはどこか遠くて一人きりを強調するだけ。そうするとただでさえ人より敏感な記憶が刺激されて、過去の同じような状況にあるかのように錯覚しそうになる。

(伸ばした指先はシーツとばかり戯れる)
(夜を共にしたぬくもりはとうに冷め切って)
(貴方に置いていかれたわたしの気持ちは)

消えずに胸にふりつもってゆくの…
(違う、キミは僕をおいていったりしない)
ねえ、淋しいって気持ちはウサギを殺すって知ってる?
ウサギじゃないけど僕はその気持ちを理解出来るよ。きっとこの世の誰よりもね?

ヨザックと触れ合うのは好きだ。
重ねた手のひらや唇から『好き』って伝わってきて幸せな気持ちになる。
淋しいっていう感情が胸の奥でしゅわしゅわと溶かされて消えていくんだ。

初めはふんわりと優しく、だんだんと熱く激しく。
そしたら、もっともっと触れたくなる。

(髪と、目と、耳…それから頬に鼻に瞼にキスがおりてきて)

何時の間にかヨザックが辿っていった順に自分の指で触れていた。
どうしようか。止まらないのに気持ちが溢れそうなのに、キミはここにはいない。

(それから)

こんなことしたって如何しようもないだけだ。
キミが、恋しくなるだけ。耐え切れないなんて信じられない。
でも本当だ。

キミに会いたい、ヨザック。

まだまだ人の引かない広間に戻る気が起こらなくて、僕は一人でバルコニーに佇んでいた。しんしんと空気が冷え込み音が聞こえるほど世界は澄んでみえて、その中にキミがいるのだと思えることだけが救いだった。

どれ位そうやってボンヤリしていたのだろう。不意に背後でトン、と軽い音がしたと思ったら腕を引かれた。

(あ)

ザラっとした感触…これは砂?

待ち焦がれていた腕と香り。
ふってきた唇だけがはっきりと体温を持っていて熱い。こんな風に僕を変えるのはこの世で一人だけだ。

呆然と目を開けたままだった僕の視界に映るのは暁と空の色。
にやりと笑うキミの笑みが大好きだって教えたらどんな顔になるだろう?

でも今は。

「キス」

ただもう一度早く早くキミを確かめたい。腕を伸ばしていっぱいに抱きしめるだけじゃ足りない。押し付けて押し付けて感じるだけじゃ足りないんだ。

驚いたキミの顔が可笑しくて嬉しくてたまらない。

でも、すぐに笑って望むものをくれたヨザック。
キミが好きだよ。

淋しいって気持ちはウサギを殺す。
僕には理解できる。
でも僕は死なない。

だっていつだってキミがキスをくれるから。
それは甘美な、僕だけに効く魔法。

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